顔の考古学 設楽博己著 吉川弘文館

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顔の考古学

『顔の考古学』

著者
設楽 博己 [著]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784642059145
発売日
2020/12/17
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

顔の考古学 設楽博己著 吉川弘文館

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

 上質のミステリーにはあるスリルがある。それは、一見本筋とは関係ないように見える細部を解き明かすことで、一挙に全体の構図が明らかになるというものだ。考古学にもそのようなスリルがあることを、この本は豊かに伝えてくれている。対象となるのは生活の実用にならない、土偶や仮面、顔のついた土器、人物埴輪(はにわ)である。そこには、笑った顔や、イレズミをほどこした顔、吊(つ)り目の顔など、様々な表情が見受けられる。

 たとえば、古墳時代の盾持人(たてもちびと)埴輪に笑っているものがある。その笑いには、辟邪(へきじゃ)つまり邪気を払う意味があるという。この辟邪の考えは、中国漢代の方相氏(ほうそうし)から来ている。方相氏とは、人を食べたりする邪悪な魍魎(もうりょう)という鬼を退治する呪術師で、四つ目で両手に武器を持つ。盾持人埴輪はその方相氏の具現化でもある。また古墳時代には顔に線が刻まれた黥面(げいめん)埴輪があるが、その線刻はイレズミであるという。中国ではイレズミは墨刑という重い刑罰であり、その思想が入ってからイレズミは差別の象徴となった。イレズミをほどこした顔の埴輪には異民族支配の論理が潜んでくる。

 ところが、それ以前の日本では、鬼は大した悪さをするわけではなく、より切なく哀(かな)しい存在であった。また、イレズミも魏志倭人伝に書かれているように、一般的な習俗で、アイデンティティーの表出であった。しかし弥生時代になると、大陸との交通が頻繁になり、戦争と辟邪思想が広がり、男女差別や格差社会が登場した。こう著者は考えている。それでもそのまま中国化したわけではなく、改変も加えられている。先ほどの方相氏は、日本ではその後、それ自身が追い払うはずの鬼に転落した。辟邪思想は単純には維持されなかったのである。また、方相氏が脚を踏ん張って鬼や一角獣を踏みつける姿は、相撲の四股や歌舞伎の見得にも繋(つな)がっているという。節分のおにやらいは終わったが、鬼の哀しみに思いをはせるにはふさわしい本である。

 

読売新聞
2021年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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