『妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方』
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妄想=「やりたいこと」を実現できる人の思考整理の進め方
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方』(暦本純一 著、祥伝社)の著者は、東京大学大学院情報学環教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長、ソニーCSL京都ディレクター。
スマホの画面を指2本で広げたり狭めたりする「マルチタッチシステム(SmartSkin)技術」を筆頭とする、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション研究の第一人者です。
研究者として“新しいもの”を生み出すのは、とてもエキサイティングで楽しいことだそう。
とはいえ、必ずしも最初から「世の中にはこういう問題があるから解決しなければ」というような使命感があったわけではないのだとか。
アイデアの源泉は常に「自分」。誰に頼まれたわけでもなく、無理やり捻り出したわけでもなく、自分のなかから勝手に生まれてくるというのです。
重要なポイントは、それが「妄想」からはじまるということ。
我々は、現在の延長で物を考えがちである。
妄想は、今あるものを飛び越えて生まれるものであり、だからこそ「新しい」。
いや、何かを妄想しているとき、最初からそれが新しい発想だとは自分でもわかっていないかもしれないのだ。
むしろ「なんでこうなっていないんだろう」「こっちのほうが自然じゃないだろうか」と漠然と思っているだけで通り過ぎてしまう場合も多い。
だから、妄想によって「新しいことを生み出す」には、思考のフレームを意識して外したり、新しいアイデアを形にし、伝えたりするためのちょっとしたコツが必要だ。
頭の中の妄想を、手で思考するのだ。(「はじめに」より)
つまり本書ではこうした考え方を軸として、思考の方法や発想のコツなどを紹介しているわけです。
第2章「言語化は最強の思考ツールである」のなかから要点を抜き出してみましょう。自分が抱いた妄想を、どうやって形にしていくかについて触れたパートです。
モヤモヤした妄想は「言語化」で整理する
妄想は「これがおもしろいんじゃない?」というように人から与えられるものではなく、自分の「やりたいこと」。
ちょっとした思いつきで生まれることもあるため、他人にはなにがおもしろいのか理解できない場合も少なくないでしょう。
しかし、仕事の大半は、自分ひとりで進められるものではないだけに、仲間や世間などに理解できるように伝えることも必要となってきます。
ところが厄介なのは、妄想レベルのアイデアは漠然としたものであるということ。
他人どころか本人にさえ、“意味”や“おもしろさ”がはっきりとわかっていない場合が往々にしてあるわけです。
モヤモヤしたイメージが頭のなかで膨らんでいて、自分では「なんとなくおもしろそう」と感じてはいるものの、実はまとまった形になっていないというように。
そんな状態で人にアイデアを伝えたところで、お互いに雲をつかむような感じになってしまうのは当然の話。かといって自分一人でやろうにも、モヤモヤしたままではなにも進めることができません。
だからこそ妄想を実行に移すには、まず自分の思考を整理する必要があるわけです。
では、モヤモヤとして実体のつかめない妄想を形にするには、どうしたらいいのでしょうか?
もちろん、いろいろな技法があるでしょうが、著者が大事にしている思考ツールはシンプルに「言語化」なのだそうです。(52ページより)
モヤモヤとした頭の中のアイデアをとにかく言語化してみることで、そのアイデアの穴が見えてきて、妄想は実現に向かって大きく動き出す。
アイデアの表現方法としては、絵や図などのビジュアルも有効だが、それを使うのはどちらかというと「HOW(どうやるか)」を表すときだ。
アイデアの原点である「WHAT(何をしたいのか)」や「WHY(なぜやりたいのか)」などを明確にするには、言語化が最強の思考ツールだ。(53ページより)
「やりたいこと=クレーム」は一行で言い切る
著者のような研究者たちは、自らの研究対象のことを「クレーム」と呼ぶことが多いそうです。
日本では苦情や抗議を意味することばと認識されていますが、もともと英語の「claim」は「主張」や「請求」という意味。
つまり、「私はこの研究ではここを主張します」という言明のことをクレームというわけです。
クレームで重要なのは短く言い切れることだ。そして、それが本当かどうかが決着できそうなことだ。
たとえば、遺伝子研究や、音声認識について、クレームではこんなふうに言い切る。
「DNAは二重螺旋構造をしている」 「口腔内の超音波映像を解析すれば喋っている内容がわかる」 どちらも何を主張しているのかを具体的に言い切っている。
そして(少なくともその分野の専門家であれば)それが本当かどうかの決着をつけるための方法も見えてくる。
妄想の言語化は、このクレームを書くことから始まる。モヤモヤしているアイデアをひとつのクレームとして表現することで、話が先に進み出す。(54〜55ページより)
クレームは、「メモ」とは違うもの。
著者は普段からなにか思いつくたび、ノートにキーワードやイメージ図などをメモしているといいますが、それは自分のための手段。
誰にでもわかるように書いているわけではないので、モヤモヤしているという点では頭のなかの妄想と大差ないわけです。そうではなく、自分にも他者にもわかるように整理したものがクレームであるということ。
しかしモヤモヤしているのですから、いざ書こうとすると「あれもこれも」と長いクレームになってしまいがち。
それは頭のなかでモヤモヤしている状態と同じであり、そういうふうにしかクレームを書けないのは、自分でもなにがしたいのかよくわかっていない証拠。
だからこそクレームは、一行で書き切るのがベスト。頭のなかでモヤモヤと無限に広がってしまいそうなアイデアを、できるだけ短いことばに落とし込むわけです。
つまり、「モヤモヤのなかからクレームとして切り出せるのはなんだろうか」と考えることそのものが、アイデアを洗練させていくわけです。そして、それは多くの仕事に共通すること。
クレームを一行で書いてみると、自分のなかでモヤモヤしていたアイデアの正体をつかむことが可能に。逆にいえばそれがわからないと、それが本当におもしろいのかどうかもはっきりしないはず。
モヤモヤのうちは「おもしろいはず」と思い込んでいたアイデアが、言語化してみると意外とショボかったりすることに気づくのです。
しかしそれは、自分と一体化していたモヤモヤなものを、ことばによって自分から突き放し、外から見てみることで客観的に判断できるようになるということでもあります。
同じモヤモヤに対して複数のクレームをつくってみて、比較するのもいいでしょう。その結果、モノにならないと思ったら、切り替えて別のことを考えてもいいわけです。
つまり、そういうジャッジができるのが、言語化のメリットのひとつ。
ものにならないアイデアを、いつまでもモヤモヤのまま抱えていても意味はありません。しかし別のことを考えているうちに、そのアイデアが活きるクレームを思いつくこともあるのです。
そう考えてみれば、クレームの重要性を実感できるのではないでしょうか?(54ページより)
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ここで明らかにされているのは、実際に自分のアイデアをまとめるときや、ソニーコンピュータサイエンス研究所での研究などにも活用しているものだそうです。
しかし著者も認めているとおり、研究職以外のビジネスパーソンにもきっと参考になるはず。そういう意味でも、思考の幅を広げるためにぜひ活用したい一冊です。
Source: 祥伝社
Photo: 印南敦史