長い「おうち時間」から生まれた、可愛いオッサン猫「ヨミチ」の物語  ~ラブストーリー大賞作家が語る「作品の始め方」

エッセイ

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元カレの猫を、預かりまして。

『元カレの猫を、預かりまして。』

著者
石田祥 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575524468
発売日
2021/02/10
価格
660円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

長い「おうち時間」から生まれた、可愛いオッサン猫「ヨミチ」の物語  ~ラブストーリー大賞作家が語る「作品の始め方」

[レビュアー] 石田祥(小説家)

 第9回日本ラブストーリー大賞を受賞した『トマトの先生』でデビューした石田祥さんによる、ひさしぶりの恋愛小説『元カレの猫を、預かりまして。』(双葉文庫)が刊行されます。
ある日、元カレから一匹のオス猫を預かった、独身キャリアウーマンの主人公。この猫、やたらふてぶてしい……と思っていたら、突然関西弁を喋り出し、人間顔負けの恋愛指南を始めます。恋に少し不器用な女性とわがままで面白い猫「ヨミチ」が繰り広げる、笑って泣けるラブコメディです。
昨年、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下、世の中がぴりぴりと緊張していた頃に、この作品を執筆した石田さん。当時の様子や作品への想いをご寄稿いただきました。

 ***

 コロナ禍で、マイナスになったものはたくさんあります。でも探せば、プラスに変化したこともありませんか? 
私は、時間帯です。会社勤めをしながら小説を書いていますが、本業の事務職がテレワークとなり、運動不足解消のため、夜、ご近所へ散歩に出るようになりました。見慣れた風景も、暗がりでは違う顔です。そして、犬の散歩をしている方が多い。いいな、可愛いな。私も飼いたい。頭の中では、もう犬と歩いています。黒の豆柴がいい。名前は何にしよう。夜の道を一緒に散歩するから……ヨミチって、いいんじゃない。
 私はいつもちょっとした思いつきから小説を書きますが、今回は名前から始まりました。夜の散歩もいいけど、今は自宅時間が長いから、猫のほうがいいかも。毎日が楽しくなるような猫。関西弁で喋るオッサン猫「ヨミチ」の出来上がりです。
主人公「まさき」のキャラもヨミチに合わせてすぐに決まりました。キャラがしっかり固まると、話は勝手に進みます。まさきとヨミチの会話は尽きません。もし私がいきなり喋る猫を押し付けられても、まさきのように本気で喧嘩はできないでしょう。怖くて放り出すかもしれません。でも書き終えた今は、絶対にヨミチと一緒に暮らします。毎日がめちゃくちゃ楽しいですから。こんな猫、ほんとにいればいいのにと思います。

 小説家になることは子供のころからの夢でした。ですが、ちゃんと書き始めたのは十年前です。なぜもっと早くに実行しなかったのかというと、せっかく夢があるのに、それが叶わないとわかってしまうのが嫌だったからです。非現実的な夢は、大抵が叶わないと知っていました。そのうち自然と諦めるのを待とう。なのに、いつまで経っても夢はなくなりません。これは自ら葬るしかないと、ようやく筆を執ります。すると驚くほど書くことが面白かった。こんなに楽しいことは経験がなく、その後に続く執筆活動は私の感情の上限を大幅に変えてくれました。もっと早くに始めていればと思わなくもないですが、若い時分には、きっとメンタルがついていかなかったでしょう。私はプロットが作れないタイプで、とりあえず書きます。バラバラに思い付いたシーンやセリフを埋め込みますが、すぐに在庫切れを起こします。なので、しょっちゅう行き詰まり、ぽっかり胸に穴が開いたような切なさを感じますが、不思議とつらくはありません。考えて、考えて、とにかく考えると、ふとした時に続きが浮かんできます。ああ、よかった。まだ夢は終わらないでいてくれると、安心。この繰り返しができるのは、文章を書くのが好きだからです。誰もがそうですが、好きなことは続けられます。

 空いている時間はひたすら執筆に費やして、二年で七作ほど応募し、ようやく一次選考に受かった時が、人生で最も嬉しかった瞬間です。一生これを続けようと、強く思いました。結局、初の一次通過がデビュー作『トマトの先生』となりましたが、今でも現実味はありません。生活はまったく変わっていませんし、小説家って本当になれるんだと、他人事のような感じです。
 念願叶って本を出すことができましたが、プロの小説家になれば道が開けるというのは完全に思い込みでした。まず、デビューは運だと知りました。応募のタイミング、審査員の顔ぶれ、世間の好みがたまたま自分に向いてきた時、デビューはできてしまいます。最初につまずいたのは、受賞作の修正です。出版する以上、多くの人の意見を取り入れなくてはなりません。独りよがりに書いたものを、第三者の感性をまじえて修正するという作業は、本当に難しかったです。受賞作以降も、毎回、出版までこぎつけるのは難しく、没もたくさんあります。のたうち回るほど苦手ですが、でも編集さんとのやり取りで感じるあの手ごたえは、他では経験できないものです。
 もし小説を書いていて技術が足りないと感じる人がいたら、私のお勧めは、自分が憧れる作家の小説を模写することです。読むだけではなく、実際に文字を書く。キーボートを打つ。そうすれば、技量の違いに驚きます。私は浅田次郎さんの小説を模写しましたが、一行で美しい文章に脱帽しました。これは無理だ、と現実を突きつけられた感じです。執筆を始める前と後では、小説の読み方も変わりました。『鉄道員』を読み返した時は、なんて素晴らしいのだろうと放心したほどです。人情の機微を表現できる作家に憧れていましたが、ライト文芸に方向を変えようと思うよいきっかけになりました。明るく、軽いタッチが私には向いていたようです。なかなか筆が進まない。書いていて、自分自身が楽しいと思えない。そういう時は、どんなジャンルなら指が軽いか。少しだけ見つめ直してみると、可能性が広がるかもしれません。

 創作はインプットから始まると思いますが、何かを得ようとして小説や漫画を読んだり、映画を観たりすることではありません。インプットとは、「感情の揺らぎ」です。私はいつもそれを探しています。空を仰ぐ時も、散歩中の犬に会った時も、感情の揺らぎを求めてしまいます。感情が揺らげば、そこから何かが生まれるのではないだろうか。十年間、ひたすらに探す日々です。救いというと大袈裟ですが、会社にいる間は仕事に追われて小説のことは考えません。デビューした時、出版社の方から「会社は辞めないでください」とアドバイスを受けましたが、これは本当に有難かった。生活の基盤があるからこそ、空を仰ぐ余裕が生まれます。動物が可愛いと思えます。
 私にとって夢は、叶えるものではなく、毎日見るものです。今でも夜の散歩中に可愛い犬に出会うと、頭の中で楽しく夢を描きます。文章を綴る時も、夢を見ている感覚です。自宅時間が増えた昨今、皆さまも頭の中でヨミチと喧嘩をしてください。ニヤニヤが止まらなくなります。

 ***

石田祥(いしだ しょう)
1975年京都府生まれ。高校卒業後、金融会社に入社し、のちに通信会社勤務の傍ら小説の執筆を始める。2014年、第9回日本ラブストーリー大賞へ応募した『トマトの先生』が大賞を受賞し、デビュー。他の著書に『ドッグカフェ・ワンノアール』シリーズがある。

石田祥/小説家

アップルシード・エージェンシー
2021年2月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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