『極主夫道』と『孤狼の血』の作者が明かす 「極道」をテーマに作品を描いた理由

対談・鼎談

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極主夫道 1

『極主夫道 1』

著者
おおの こうすけ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784107721044
発売日
2018/08/09
価格
660円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

孤狼の血

『孤狼の血』

著者
柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041049549
発売日
2017/08/25
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

柚月裕子×おおのこうすけ 極道ってこんなに面白い!

[文] 新潮社

「極道」と「日常」


柚月裕子さん

おおの 柚月さんが小説で極道をテーマにしようと思われたのはなぜですか?

柚月 私は、映画の『仁義なき戦い』が大好きなんです。『麻雀放浪記』とかもそうなんですが、昔から、いわゆる「男の世界」が描かれた作品に憧れていました。いつか自分でも、そういうひりひりとした「男の世界」を書いてみたいなとずっと思っていました。ある時、KADOKAWAの担当編集者さんから「刑事ものを書きませんか」とご依頼いただいたんです。でも、警察小説というジャンルには、ベテランの大先輩がたくさんいらっしゃって、私が同じものを書こうとしても絶対に太刀打ちができないなと思ったんです。そこでちょっと違う角度から書こうと思い、悪徳警官を主人公にしようと思いました。悪徳警官の敵といったら極道かな、と思って『孤狼の血』の構想が生まれました。

おおの 日岡と大上という二人の警官をバディにしようと思ったのはなぜですか?

柚月 警官は、規則として二人で行動することが多いんです。そこでベテランの悪徳刑事である大上と若手で正義漢の日岡を組み合わせようと思いました。バディものっていうのも、王道なんですよね。いろいろ考えると、結局は王道のエンターテインメントを追求したというのもありますね。

おおの なるほど。やっぱり基本に立ち返る感じですね。「孤狼の血」シリーズを読んでいて、昭和のヤクザのリアリティがすごいなと思ったのですが、どんなアプローチで取材をして、あんな世界観をつくり上げたんですか?

柚月 あの時代のヤクザの世界をイメージするうえで参考にしたのはやっぱり『仁義なき戦い』や『北陸代理戦争』などの実録ものですね。大好きでDVDも持っていて、何度も見ました。あと、広島出身の方に方言監修をしていただいたことで、さらにリアリティは追求できたなと思っています。

おおの そうだったんですね。率直に、あの世界をいま小説で書けるって本当にすごいなと思いました。言葉遣いや描写もそうですが、どれだけ調べて、どれだけ作品に入り込んだらあんなにリアルなものを書けるのかなって。

柚月 嬉しいです。でも、好きだからできたというのもあるかもしれません。もちろん資料を読んだり調べたり、そのうえで執筆するのは大変だったんですけど、何よりこの世界は面白いなと思っていたので書き上げられたという感じです。おおのさんは『極主夫道』の中で、やくざ独特の言葉遣いとか専門用語、極道の世界の常識みたいなのを、コメディーとして日常生活に取り入れてらっしゃいますが、こういった知識や感覚はどうやって身に着けたんですか?

おおの 僕も映画や本で得た知識程度ですが、専門用語に関しては、読者に伝わらないと意味がないので、メジャーなものを厳選するようにしています。その中で、家事の何かを、やくざの専門用語に例えられないかなと考えてみたり、言葉からのアプローチを考えて見たりしてますね。小麦粉を「白い粉」って表現したのはその一つです。極道の世界観を作品の中で出し過ぎるとギャグとして成立しなくなっちゃうので、先ほども申し上げましたが「緊張と緩和」を意識して、その型にはめている感じです。

柚月 私、龍が雅(龍の元舎弟)の家でお洗濯をするエピソード(第十三話。単行本二巻収録)が好きです。色柄ものと白い服を分けて洗うことを「シマを分ける」って表現したり、服にカレーうどんのシミをつけたことを「ヘタうった」って表現したり、水で洗い流すことを「水責め」って表現したり。家事と極道の専門用語を、うまく組み合わせてらっしゃるんですよね。おおのさんはひとり暮らしをされているということでしたが、家事については普段の生活から着想を得るんですか?

おおの 自分の生活ももちろんですが、夕方の情報番組を見たり、「クロワッサン」とか「ESSE」とかの生活雑誌を買って読んで研究しています。

柚月 そういう雑誌を資料として読まれるんですね! 家事の知識と極道の組み合わせのネタがどこから出てくるんだろうと不思議に思っていました。

おおの そうですね。ネタに困ったら書店に行って、家事のメソッドのトレンドを追うようにしています。柚月さんは、作家デビューされる前は専業主婦だったんですよね。得意な家事や苦手な家事はありますか?

柚月 私は主婦歴三十年以上ですが、一番苦手なのはシャツのアイロンがけですね。

おおの それはどうしてですか?

柚月 シャツのアイロンがけってとても難しいんですよ。身頃がきれいになったと思ったら襟がねじれていたり、袖がきれいになったと思ったら違う所に皺がよっていたり、全然うまくいかなくて気持ちが悪いんです。あと、苦手ではないですがつまらないなと思うのは、米とぎです。お料理なら、味付けとかバリエーションがあるけど、米とぎは毎回同じなので退屈です。

おおの 意外な回答でした。着眼点が面白いです。

柚月 好きな家事は、猫の毛を集めることです。

おおの それは家事なんですか(笑)?

柚月 家事です。掃除のルーティンの一つですね。猫のブラッシングじゃなくて、カーペットとか、洋服に付いている猫の毛をブラシでごっそり取るんです。うちは、長毛の猫を飼っているんですが、抜け毛が多いんですよ。綺麗になるのはもちろんですが、毛がたくさん集まると達成感もあって爽快です。

おおの それは知りませんでした。実は一年くらい前から猫を飼い始めたんですよ。僕もやってみます。

柚月 あと私がこだわってるのは、調理器具ですね。例えばお鍋はル・クルーゼを使っています。結構お値段は張るんですが、お料理の仕上がりが全然違っておいしいですし、何より長持ちするんです。昔は、スーパーやホームセンターで、リーズナブルなお鍋やフライパンを買っていたんですけど、すぐ取っ手が壊れたり、テフロンがはげたりして寿命が短いんですよね。でも高価なお鍋って長く使えてお料理も美味しくできる。最終的にはとってもお得です。

おおの すごい。今すぐネタに使えそうです。柚月さんはお料理がお好きなんですね。

柚月 料理はすごく好きです。私は山形で暮らしてるんですが、朝採り野菜の直売所に行って、そこで買ってきた野菜で料理してます。

おおの いいなあ。おいしそうですね。

柚月 でも、その朝採り野菜の直売所、けっこう大変なんです。

おおの どういうことですか?

柚月 野菜を巡っての競争がすごいんですよ。ご高齢の方って早起きでしょう。皆さん朝早くから買いに行かれるので、私が行く頃には野菜がほとんどなかったりもします。しかも、並んでる野菜には生産者の名前が書いてあるんですが、人気の生産者の野菜からなくなるんですよね。スズキさんのトマトとかアライさんのたけのことか。みんな、誰の畑がおいしいか分かってるんです。だから争奪戦ですよ。

おおの 山形でそんな戦いが繰り広げられているとは……。

柚月 でも、やっぱり人気の野菜はおいしいんです。だから、無事に買えた野菜でご飯を作るときの達成感はすごいです。野菜を見極める目と争奪戦に勝つ体力と戦略が必要なんです。おじいちゃん、おばあちゃんは侮れないですよ。私はまだまだだなって思います。

おおの 勉強になります。柚月さんが『極主夫道』の中に出てきたら、ものすごいオーラを放つプロの主婦みたいな感じになるでしょうね。龍が圧倒される感じになるかもしれません(笑)。

撮影=平野光良

新潮社 小説新潮
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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