どう老いたらいいかわからない そんな人たちのための本

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老婦人マリアンヌ鈴木の部屋

『老婦人マリアンヌ鈴木の部屋』

著者
荻野, アンナ, 1956-
出版社
朝日新聞出版
ISBN
9784022517456
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

どう老いたらいいかわからない そんな人たちのための本

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 いまの時代、中年と老年のはざまが長い。作者いわく「座り心地の悪い椅子」に身を預けることになる。

 本書は、どう老いたらいいかわからないすべての人たちのための本だ。

 横浜の洋館に住む九十歳の老婦人マリアンヌは、寝たきりで、シモの世話も通いヘルパーにしてもらっている。母方がフランス人で、お小水のことを「ピピ」と言う人だ。老いとは、口から入るものも出すもの(言葉)も減っていくことだと思うが、マリアンヌの場合、出すほうは減らない。

 さて彼女の介護をするのは……。離婚してヘルパーの資格をとった五十代の「モエ」は孤独で、宝石オークションにのめりこむ。彼女の姪の「クリコ」がマリアンヌの話し相手になるが、その仏語が爆笑もの。

 マリアンヌの娘「エリ」は五十代独身で、仕事が忙しい盛り。ヘルパーの斡旋やらスピリチュアルグッズの販売やらを手掛ける還暦すぎの「トチ中野」も強烈で、十九歳年下のダーリンがいる。

 派遣されてきたモエにいきなりマリアンヌが、「わたくしはヘルパーさんが嫌い。あなたは立っている。わたくしは寝ている。それだけで力関係が決まってしまう」と言うくだりは、スペイン風邪に罹ったヴァージニア・ウルフの随筆「病気になるということ」にある「直立人」(健康人)と「横臥する者」(病人)という対立概念のパラフレーズだろう。ウルフは「直立人」たちの文字通りの上から目線の同情を忌避した。それは、床に臥せるという圧倒的弱者の位置にある者のプライドでもあった。

 人間の種々の欲は老いても涸れるものではない。老いた男性の内なる「死ねない野獣」を描いた小説は、フィリップ・ロスの『ダイイング・アニマル』など多々あるが、女性にもそういう生殺しの時期はある。

 病は治癒しても、老いが“治る”ことはない。その負け戦をどうファンキーに生きていくかなのだ!

新潮社 週刊新潮
2021年2月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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