<東北の本棚>愛してやまぬ丸い果実
[レビュアー] 河北新報
青森りんご勲章を2017年に受章した恋愛小説家が、愛してやまないリンゴの魅力をとことん取材したエッセー集。観光農園、リンゴ風呂、文学、スイーツ、シードル…。赤や青の丸い果実に関わる人に会えるとなれば、全国どこへでも出向く。リンゴなら何でもござれというごった煮の印象を受けつつ読み進めると、「人々の心の中のりんごに出会う」と記す著者の思いがじわりと伝わってくる。
茨城県大子町で訪ねたのは県内で初めてリンゴを植え、町に多くある観光農園の先駆けとなった農家だった。主人の語るリンゴを巡るドラマが心にしみる。1943年、現在の園主の祖父が大切にしていた栗毛の農耕馬が軍に徴用され、引き換えに渡されたお金で購入したのがリンゴの苗木200本だった。よく働いてくれた馬への思いを胸に育てた果樹が戦後、この農園や町に新しい風景をもたらすことになった。
平川市にあるリンゴ風呂が評判のホテルの訪問では、リンゴがプカプカと浮かぶ湯船の感想だけでは終わらない。主力品種ふじを収穫するのは、津軽の山々が冠雪する頃だ。本格的な冬が到来する中、果実の選別や箱詰めが続く。ホテルの母体であるリンゴ卸会社の社長が、寒さに耐えて働く従業員のために温泉を掘り当てたのがこの風呂の始まりだった。
リンゴは多くの文学作品にも登場する。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」では、黄金と描写されるリンゴが登場。著者が訪ねた宮沢賢治記念館(花巻市)の学芸員は、この黄金のリンゴが当時日本では普及していなかったゴールデンデリシャスと推測する。賢治はなぜ、この品種を知っていたのか。想像力が刺激される。
著者は1962年札幌市生まれ。著書に「結婚しないかもしれない症候群」「海猫」「ききりんご紀行」など。(安)
◇
集英社03(3230)6141=1650円。