1984年に生まれて ハオ・ジンファン著 中央公論新社

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1984年に生まれて

『1984年に生まれて』

著者
カク 景芳 [著]/櫻庭 ゆみ子 [訳]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784120053559
発売日
2020/11/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

1984年に生まれて ハオ・ジンファン著 中央公論新社

[レビュアー] 木内昇(作家)

 ジョージ・オーウェル『1984』は、統制下の世界を舞台にしたディストピア小説だ。市民は、テレスクリーンなる装置で当局に監視されている。この作品の刊行は1949年。つまり、84年という「近未来」を描いているのだ。

 『1984年に生まれて』と題された本作は、オーウェル作品へのオマージュでもあり、実際この年に生まれた著者の「自伝体」小説である。現下の中国に暮らす軽雲と、文化大革命を経たばかりの84年を生きる彼女の父との視点を目まぐるしく往(い)き来しながら、物語は進んでいく。若くして政治熱に浮かされ、文革の折に下放(共産党幹部や知識人が農村での労働を体験すること)した父が抱く、不自由さと虚無。彼は外貨がらみの一件に手を染めたことで、生まれたばかりの軽雲と母を残して国外へ出、過去から逃れるように外国を転々とする。一方、表向きは自由意志が尊重される今を生きる軽雲は、体制に違和を感じつつも、自分の過去をも肯定できる確かな道を模索している。文革で迫害を受けた一家に育った母は、レールに乗った安定した人生を娘に望み、友人たちは「国内は環境がひどすぎる」と国外移住を目指している。

 誰もが通過するモラトリアムを軸にしつつ、国家の在り方にも斬り込んだ、非常に構えの大きな作品だ。だが大河小説といった読み味とは異なり、SF小説の旗手らしい視点の妙が至る所にちりばめられる。言うなれば、景色を眺めていたら、突如向こうからその自分を見詰めていた、というような反転が訪れるのだ。

 They are watching you.〔カレラハ オマエヲ ミテイル。〕軽雲の恐れる言葉だ。内から見る景色と外から見る全体像。自分の内意と他者が見なす自分。奔流のように移ろう世界と、国家が個人に落とす影。「もし統治者が力を尽くして人々をより豊かにしようとしたら、だれが統治者など気にするだろうか」。逆説的な彼女の声が、強く刺さる。櫻庭ゆみ子訳。

読売新聞
2021年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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