赤いモレスキンの女 アントワーヌ・ローラン著 新潮クレスト・ブックス

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赤いモレスキンの女

『赤いモレスキンの女』

著者
アントワーヌ・ローラン [著]/吉田 洋之 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901707
発売日
2020/12/21
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

赤いモレスキンの女 アントワーヌ・ローラン著 新潮クレスト・ブックス

[レビュアー] 南沢奈央(女優)

 無くなるのが惜しくて、口の中で少しずつ少しずつ溶かして味わいたくなるような、上質なチョコレートのような小説だった。まさに今日、バレンタインデーに紹介するのにぴったりな、大人の恋物語である。

 舞台はパリの街。主人公は、お気に入りのハンドバッグを引ったくられてしまった金箔(きんぱく)職人の女性・ロールと、そのハンドバッグを拾った書店主のローラン。直接会ったことのない二人がハンドバッグを介して惹(ひ)かれあっていく恋模様と同時に、ローランがバッグの中身を手掛かりに持ち主を探していくというミステリの要素を、洒脱(しゃだつ)な文章で描き、読者の心をくすぐる。

 バッグの中に見つけた、赤いモレスキンの手帳と一冊の本を開いたことによって、ローランはロールの内面へ、より深く踏み込んでいくことになる。手帳に綴(つづ)られていたのは、ロールの好きなことや怖いこと、見た夢など、「おぼろげで、琴線に触れる、奇妙で、官能的な思索」だった。内面をのぞいてしまった後ろめたさはありながらも、パトリック・モディアノという、滅多に表舞台に姿を現さない現代フランス作家のサイン入り『夜半の事故』を見つけたことで、もう引き返すことができないくらいに心を奪われていくのだった――。

 モディアノをはじめ、さまざまな作家の作品が登場し、本の中に本の良い香りが漂う空気感は、読書好きにはたまらない。アントニオ・タブッキの『可能性のノスタルジー』から気づく、「人は大事な何かの側を通り過ぎてしまう」ことというのは、ある意味教訓でもある。さまざまな人の人生は並行して進んでいて、交わるかどうかは発見と行動次第。本来交わることのなかった二人が巡り合う奇跡のようなラストが、最高にロマンチックで素敵。極上の大人の甘さを味わえる。このラストだけでも読む価値あり。吉田洋之訳。

読売新聞
2021年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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