隣の国のことばですもの 茨木のり子と韓国 金智英(キム・ジヨン)著

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隣の国のことばですもの

『隣の国のことばですもの』

著者
金 智英 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480823816
発売日
2020/12/24
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

隣の国のことばですもの 茨木のり子と韓国 金智英(キム・ジヨン)著

[レビュアー] 矢部真紀(日本近現代文学研究)

◆海越えた詩の相互受容分析

 茨木のり子は十代半ばから戦争という時局下で過ごした。第二次世界大戦が終結した時には十九歳になっており、周りの世界が激変していく過程に身を置きながら過去を振り返り思考するには十分な年齢であった。身のうちから溢(あふ)れてくる疑問や矛盾に衝(つ)き動かされるようにペンを取ったのである。

 茨木の作品史を見渡すと、書き始めた時期と同じように重要な項目として韓国語がある。茨木が韓国語の学習を開始したのは一九七六年、五十歳の時だ。当時は韓国に関する情報も少なく、なぜ韓国語を? という問いかけを受けた。これに応じるように、少女時代に朝鮮民謡の選集を愛読していたことなど、個人的な記憶の海から探り採られた珠のようなエピソードは韓国という糸で結ばれていき、さらに近現代において日本語で書かれた詩とは? という問題意識へと発展していく。

 本書では、まず茨木の作品を分析して詩人の在り方を考察する。続いて韓国の歴史と文学の展開、出版事情などを明らかにしながら韓国における茨木の受容をまとめている。このような調査と研究は、韓国語と日本語を用いて研究活動を行う著者によってこそ成し得ることであり、待ち望まれていた分野である。

 例えば、茨木編訳『韓国現代詩選』(一九九〇年、花神社)に収録された詩篇を、原著と比較して省略された箇所を明らかにしたうえで、茨木による詩の解釈を分析する。また韓国における研究論文も参照しつつ、編訳という試みの独自性を考察する。もちろん原著はハングルであり、詩という形式の特質上、高度な言語の運用である。茨木の詩がそうであったように、収録された作品は詩人の個人史を内包しており、手元に辞書があれば読み解けるというものではない。

 日韓両方の言語に精通し、どちらの国の先行研究も追いかけながら研究を続けてきた著者ならではの研究成果が本書にまとめられている。詩の研究領域における扉を新しく開いて、海を越えた風景を提示しているといえよう。

(筑摩書房・2420円)

1984年、韓国・ソウル生まれ。立教大兼任講師。

◆もう1冊

波田野節子、斎藤真理子、きむ ふな編著『韓国文学を旅する60章』(明石書店)

中日新聞 東京新聞
2021年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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