『おれたちの歌をうたえ』
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40年前の事件の真相
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
ショッピングモールで起きた無差別殺人事件のその後を描く『スワン』で、吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を受賞し話題を集めた呉勝浩(ごかつひろ)。最新作『おれたちの歌をうたえ』も圧倒的な力作だ。
令和元年。元刑事で今は投げやりな生活を送る50歳過ぎの河辺久則(かわべひさのり)のもとに、茂田(しげた)という若い男から連絡があり、幼馴染みの佐登志(さとし)の訃報がもたらされ
る。茂田に会いに行った河辺は、佐登志が謎めいた暗号を遺していることを知り、茂田とともに調べ始めると同時に、40年前に起きた殺人事件を振り返る。
河辺が高校生だった昭和51年。長野県に暮らす彼には佐登志を含め、5人の幼馴染みがいた。だ
が、憎しみが生んだ凄惨(せいさん)な殺人事件を目(ま)の当たりにしたことを機に、少年少女は疎遠(そえん)になっていく。やがて平成11年、仲間たちはそれぞれ刑事、バンドマン、金融マンなどと別々の道を歩み、河辺は警察組織の中で理不尽な現実に苦悶していた。そして、令和の今、彼らは―。
古典文学が絡んだ暗号の謎もスリリングで読ませるなか、各時代ごとに学生運動やリーマンショックなどが背景に盛り込まれ、彼らの人生がいかに時代に翻弄(ほんろう)されてきたかが浮かび上がる。ただし、もう取り戻せない人生を嘆くのではなく、それらすべてを背負ってどう未来に目を向けるか、という物語になっている。それは河辺個人の未来だけではない。茂田というどうしようもない若いチンピラが、河辺と謎を追うことで少しずつ変わっていく様子からは、次の世代へ未来を託す、というモチーフも伝わってくる。タイトルの「おれたち」には「お前たち」の意味、そして困難な時代を生きる読者へのエールも含まれているように思えてならない。