新型コロナ、原発事故……デマが飛び交う時代に必要な「科学的思考」を身につけよ

対談・鼎談

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「科学的」は武器になる

『「科学的」は武器になる』

著者
早野 龍五 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784103538615
発売日
2021/02/25
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

原発事故10年、コロナ禍に語る「ビジネスと教育と科学的思考」

[文] 新潮社

「正解を知ること」でなく「検証すること」

新井 修正する力が大事だというのは、よく分かります。それは、最初にお話しした「科学を学ぶ必要」ともつながるんですが、私は、これからの時代は少なくとも、一生のうちに三回は転職の可能性があると語っています。

早野 三回の根拠というのは?

新井 テクノロジーの進歩の速度が上がってきた歴史を踏まえれば、これからは十~十五年に一度、それまでの仕事のあり方を変えるような大きな変化に直面することになるだろうということです。これは労働市場そのものに影響を与えるような変化になります。AIが人間の知能を超えるといった「シンギュラリティ神話」は過去のものになりましたが、AIはより人間に身近なものとなり、人間がそれをどう使いこなすかが問われる時代になっているんです。

早野 テクノロジーは人間が使うものであって、脅威になるものではないですからね。

新井 そこで、これから大事になるのは、過去の知見を更新すること、つまり「自学する力」なのですが、これは大変に心もとない。私は板橋区の教育委員会に協力して、「読み解く力」を育成するための助言をしています。そこで分かったのは、一クラスに四十人弱いたとして、そのうち自学ができる子供は一人か二人だという事実です。多くの子供は、自習をしていても自分で答え合わせができない、特に記述式の問題で自分の解答が正解なのかどうかを判断できないんです。

子供たちがまずチェックするのは、自分の解答が正解文と一言一句合っているかなんですね。きちんと文章を理解して「自分の解答はここの考え方が合っているから、この部分は○だけど、ここは間違っていた」というふうに判断する考え方ができない。これでは自学ができているとは言えませんよね。

早野 小学校や中学校の段階から「問題には絶対の正解があって、それ以外は全て×だ」と思ってしまうということですね。それはまったく科学的ではありません。僕が企業や組織の運営をきっかけに科学者の世界から「世間」に出て、多くの人が勘違いしていると思い知ったことでもありますが、科学というのは「正解を教えてくれるもの」ではないんです。

科学的なプロセスを経て発表された大発見であっても、今ではもう参照されない研究もあります。科学が間違っていたことも過去にはたくさんあり、発展の過程で修正されてきました。虚心坦懐に検証を繰り返すことそのものが、科学的な思考のプロセスなんです。

新井 早野先生が長年教えてこられたような優秀な東大生は「クラスに一人のエリート層」なので大丈夫でしょうが、私が重視しているのは、クラスで真ん中くらいの成績の子供たちです。

 その子供たちが「分厚い中間層」として、自学する力を身につけて社会に出ていかないと、将来的に社会は不安定になるのではないかと危惧しています。だからいま私が子供たちに言いたいことは、「どうか科学や数学に背を向けないで」ということです。

「変な人」が活躍できる環境

早野 確かに僕の教え子たちに対しては、なんの心配もしていない(笑)。アカデミズム以外の世界で活躍できる人材も少なくないと思っています。中間層の話に引きつけて言えば、僕の今の課題は、就学前教育です。僕は今、スズキ・メソードという音楽教室の会長を務めていますが、幼い子供にとって音楽は「練習すれば進歩できる」ということを学べる最初の機会です。自分の力でできるという経験を、多くの子供にしてほしいと思っています。

最後に、少し視野を広げた話をしましょう。僕が心配しているのは、日本の科学の将来です。僕が現役だった時代と比べて、若手が活躍できるフィールドはどんどん狭くなっています。科学関連の予算も大幅に減っている。これはアメリカや中国の逆です。

しばらくの間は、日本でもノーベル賞が期待できるような研究成果が積み上がっていますが、多くは二十~三十年前の業績です。今のままでは、この世代を最後に冬の時代が到来するのではないでしょうか。

新井 昔と比べて、今の日本は圧倒的にお金がないですよね。アメリカや中国をライバルと見なしビッグサイエンスで勝負することは、もうできません。

日本の科学が目指すべきは、ユニークな研究に尽きると思います。数学の世界や基礎科学の世界には、特異な才能を持った「変な人」が集まります。そうした非常にユニークな人たちをちゃんと評価して、彼らが活躍できる環境を作ることが大事です。

早野 それがまさに、戦後の日本科学なんですよ。ユニークな基礎科学研究で世界をあっと言わせていたんです。新井先生の話で、大事なのは日本の科学の歴史に立ち返ることだと思いました。そこに希望も活路も見出せる、と。

新潮社 波
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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