昔語りではなく歴史そのもの 祖母が残したかけがえのない財産

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屋根の上のおばあちゃん

『屋根の上のおばあちゃん』

著者
藤田芳康 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309029238
発売日
2020/10/28
価格
1,760円(税込)

昔語りではなく歴史そのもの 祖母が残したかけがえのない財産

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 年寄っ子は三文安いと昔から言うが、最近は同居も減ってどうなのか。孫の数も減り、甘やかし放題なのか、それとも家族間が疎遠になって、甘えるどころでないのだろうか。

 哲郎は、後者だった。少なくとも母方に関しては。早く亡くなった祖父には会ったこともなく、独居の祖母のところへも、小学校一年以来、三十過ぎの今まで無沙汰していた。久しぶりに訪ねることになったのは、祖母の様子がおかしいと近所の人から兄に連絡があったからだ。エリート銀行マンで忙しい兄とは違い、映画がデジタル化する中で、フィルムの現像の仕事にこだわって失業していた哲郎に白羽の矢が立ったのだ。

 しかし、行くなりボールをぶつけられ、バケツの水を浴びせられる。屋根の上に立っていた祖母は、矍鑠(かくしゃく)としていた。ようやく孫と認められ、しばらく一緒に生活してみると、祖母は物も時間も一切無駄にしない働き者で、哲郎とは大違いだった。

 しかし、祖母は倒れ、入院してしまう。保険証や通帳を探す中で、仏壇から古い映画の資料を発見する。それは祖父の遺品だった。祖父も古びゆくサイレント映画に執着していた。こうして哲郎と祖父の人生が重なりあってくる。

 幼くして両親を亡くし、一人で奉公に出た祖母と、大店のボンボンだった祖父との出会いから始まる二人の波瀾万丈の人生の物語は、哲郎にとって最大の遺産となる。

 滅多に会わず、会っても甘やかしてはくれない祖母だったが、短い間でも一緒に暮らして、かけがえのない財産=記憶を残してくれた。それはたんなる昔語りではなく、自分自身の人生に直結する歴史なのだ。

 祖父母の話をよくよく聞くなら、年寄っ子も決して安物にはなるまい。直接の教訓ではなくとも、哲郎は祖父母の物語から自分の人生を生きなおすきっかけをもらった。この話を読んだ後では、「老害」という言葉はなんとも嫌な響きを耳に残すだろう。

新潮社 週刊新潮
2021年3月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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