時代を危惧し嘆いた著者最後の「声」

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最後の人声天語

『最後の人声天語』

著者
坪内, 祐三, 1958-2020
出版社
文藝春秋
ISBN
9784166612970
価格
1,045円(税込)

書籍情報:openBD

時代を危惧し嘆いた著者最後の「声」

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 坪内祐三が『文藝春秋』に連載していたコラム「人声天語」。それは朝日新聞「天声人語」のパロディではない。「天声」はパブリックなイメージだが、「人声」は個人的な声だ。坪内は2003年6月号の初回で、「反射神経による発言」だと明かしている。

 その坪内が20年1月13日に61歳で急逝し、シリーズ最新刊のタイトルは『最後の人声天語』となった。15年からの5年間、坪内はどんな反射を見せたのか。スマートフォンの普及でパソコンを操作出来ない若者が登場した15年。映画館の場所も体で憶えた少年時代を回想し、「身体性が現代人からどんどん失なわれて行く」と危惧する。

 18年には、40年も通った神保町の「岩波ブックセンター」が、本を飾り物にしたブックカフェに変わったことを嘆いた。しかも新聞や雑誌がこの店を好意的に紹介するに及んで、「もし本気だとしたら私は絶望的な気持ちになる」と。

 平成の終わりとなった19年春。この年に亡くなった橋本治、岡留安則らの名前を挙げ、団塊の世代にとっての「七十の壁」を指摘。自分たちシラケ世代には「六十の壁」があり、「五月八日に六十一歳になる私は恐怖だ」と続ける。

 20年に入ると、デジタル化の進行によって「言葉の文脈が消えて行く」と看破した上で、「この先日本は大丈夫だろうか」と心配していた。そして今、コロナ禍や東京五輪や現政権について、坪内の「人声」が聞いてみたくて堪らない。

新潮社 週刊新潮
2021年3月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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