演技派スターの存在感が光ったナチス残党の恐ろしい計画

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ブラジルから来た少年

『ブラジルから来た少年』

著者
アイラ・レヴィン [著]/小倉多加志 [訳]
出版社
早川書房
ISBN
9784150402860
発売日
1982/06/01
価格
1,320円(税込)

演技派スターの存在感が光ったナチス残党の恐ろしい計画

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 78年の映画『ブラジルから来た少年』は日本では劇場未公開。84年にテレビで放映されたのを観たが、発想の大胆さとラストシーンの恐ろしさは衝撃的だった。

 アウシュビッツ収容所で人体実験を行い、「死の天使」と呼ばれた医師メンゲレをはじめとするナチス残党の多くが南米に逃れたことはよく知られている。45年前に書かれた原作は、この事実をもとに、当時最先端のクローン技術とナチス第三帝国再興の野望を結び付けたサスペンス小説。ただ、科学者からは科学的に間違っているという批判があったという。でも、フィクションとしては最高に面白い。今は絶版で残念。

 ナチス残党の会合に参加した元親衛隊メンバーに対し、メンゲレは2年半で94人の男たちを殺すように命じる。しかも、殺す日は男たちの65歳の誕生日。何故なのか? やがてナチス戦犯を追うユダヤ人組織の設立者リーベルマンが調査を始め、ついにその恐ろしい計画に気付く。メンゲレはブラジルでヒトラーのクローンベビー94人の出産に成功していたのだ。そして、ヒトラーと似た家庭環境の欧米各国の夫婦に養子に出していたが、少年が14歳の時に父親は65歳で死ななければならなかった。ヒトラーの父親と同じように。

 映画でメンゲレを演じたのはグレゴリー・ペック。ヒトラーを崇める異常な悪役を、あの紳士的な大スターが演じたことにはびっくり。メンゲレの計画を阻止しようとする老人リーベルマンは名優ローレンス・オリヴィエ。病を押しての出演だった。グレゴリー・ペックと対決するシーンは体調悪化で本当に倒れそうだったらしく、それが老体に鞭打って執念でメンゲレを追い詰めるリーベルマンの姿と重なり、迫真の演技に。アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。一歩間違えば荒唐無稽で安っぽいB級映画になりそうなストーリーがそうならなかったのは、この2大演技派スターの圧倒的存在感があったからだろう。

 ラストは、少年が写真の現像をしている場面。その写真を見たら誰もが戦慄を覚えるはずだ。満足そうな少年の顔のアップ……。ぞっとします。

新潮社 週刊新潮
2021年3月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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