逆境に立たされた女性が進むべき道を切り拓く その姿に励まされる小説2作

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ははのれんあい

『ははのれんあい』

著者
窪, 美澄
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041054918
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

メイド・イン京都

『メイド・イン京都』

著者
藤岡, 陽子
出版社
朝日新聞出版
ISBN
9784022517395
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]窪美澄『ははのれんあい』/藤岡陽子『メイド・イン京都』

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 窪美澄『ははのれんあい』(KADOKAWA)は、二人の「はは」を中心に、ある家族がその形を変えていくさまを描いた小説だ。

 第一部の主人公・由紀子は、地元のデパートで働いていた時に出会った智久と結婚し、縫製の家業を手伝っている。穏やかな夫、義父母と共に働く日々を楽しみ、ミシンを踏む仕事にも愛着を持つようになる。息子の智晴も生まれ、平穏な日々が続くはずだった。が、家業が立ち行かなくなり、家族の歯車は次第に噛み合わなくなっていく。母として家族を守らなければという使命感が芽生えた由紀子は、子を保育園に預けて売店に勤めるようになる。二度目の妊娠では双子も授かるが、仕事を諦めない。必死にスキルを磨き、職場で信頼を得ていく姿は鮮やかだ。おっとりしていた由紀子が、力強さを身につけていく一方、新しい仕事に就いた智久は、思ったような収入が得られず卑屈になっていく。そして家庭ではない場所に安らぎを求めてしまう。

 第二部では、高校生になった智晴がもう一人の「はは」となって、家事や弟たちの世話に奮闘しながら成長する様子が描かれる。由紀子はシングルマザーになり、三人の子を育てながら職場では管理職にまでなっている。そこに至るまでの日々は詳しく語られないが、どれほど苦しみ努力してきたかということは、近くで彼女を支えてきた智晴がまっすぐな思いやりを家族に向けていることから想像できてしまう。父に複雑な感情を持ちながらも、新しい家族の形を受け入れようとする智晴と、憎しみで子どもたちを縛らず、離れていても家族だと教えた由紀子。二人の「はは」に訪れた恋が、温かな幸福をもたらすものであるようにと、祈りたいような気持ちになった。

 藤岡陽子「メイド・イン京都」(朝日新聞出版)の主人公・美咲は、実家の事業を継ぐことになった恋人にプロポーズされ、京都に移住してきた。すぐにでも結婚するつもりだったのに、東京にいる頃と変わってしまった婚約者の考え方にも、資産家である一家の人々にも馴染めずにいる。かつては美術家を目指していた美咲だが、才能のなさを思い知り夢を諦めていた。だが、陶芸家になった美大の同級生・佳太との再会と、西陣織から着想を得て作ってみた一枚のTシャツがきっかけとなり、服作りの仕事に情熱を燃やし始める。

 寿退社をして引っ越しもしたのに、婚約者とうまくいかないなんて、幸せな結婚を夢見る女性にとっては悪夢と言っていい状況だろう。しかし、美咲の人生はそこから動き始める。心の奥にしまっていた夢と、知らず知らず育っていた美意識が、彼女が困難に立ち向かうための力になる。

 由紀子と美咲。何かを失ったところから、たくましく自分の行くべき道を切り拓いた二人の女性に励まされた。逆境に置かれた時には、彼女たちの底力を思い出したい。

新潮社 小説新潮
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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