スピリチュアルと科学が逆転した世界を描く 比喩ではない本当の震えがくるディストピア小説

レビュー

5
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るん(笑)

『るん(笑)』

著者
酉島 伝法 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717303
発売日
2020/11/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]酉島伝法『るん(笑)』

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 青と赤の水玉模様のカバー。カバーを取った本体の表紙はローラ・アシュレイっぽい花柄。目次の次頁をびっしりと埋める「るん(笑)るん(笑)」の文字。三編が収められている酉島伝法『るん(笑)』(集英社)は、この中にはクレイジーな世界が広がっているに違いないと思わせる形をしている。

 冒頭の「三十八度通り」の主人公、結婚式場に勤める土屋は朝から具合が悪い。ずっと微熱が続いているのだ。しかし解熱剤を飲もうとすると、その手を妻の真弓にはたかれてしまう。

「どうして自分の体を信じてあげないの!」「まさかそんなものに頼っていただなんて」「免疫力の……立場」「気持ち、なぜ考えてあげない」

 うわ、免疫力を擬人化する家族がいるのか、それは大変だなあ、などと呑気に思っていたら、実は真弓のほうが圧倒的な「世間」なのだった。「世間」は、龍の鱗でろ過した閼伽水を常備し、奇跡のくだもの「ミカエル」を常食。電子レンジや携帯を忌避し、占星術、血液型を判断の基準に用いる。除霊されたトイレットペーパーを売る店がある一方で、解熱剤のような「クスリ」は「ヤクザイシ」から路上で買うしかない。

 疲れる、が、憑かれる、と表記される(疲労は何かに憑かれていることであると認識されている)世間の様相は、真弓の母・美奈子が語り手の二編目「千羽びらき」でさらに鮮明になる。人間ドックで「蟠り」が見つかり、入院している美奈子は、なぜか不思議に安らかな気持ちを覚えている。しかし真弓は、病気という言葉は波長が悪いと言い、漢字の「やまいだれ」を取って丙気と言わなければだめだと母を諭す。かつては「癌」と呼ばれていた「蟠り」も、さらに別の言葉に置き換えて言うよう勧められ、困惑する美奈子。そんな彼女の元に届けられたのは、夫の会社の従業員達からの黒い千羽鶴だった――。

 美奈子の孫・小学生の真の視点で綴られる最終話「猫の舌と宇宙耳」で、真は自宅のトイレを素手で洗っている。楽しくはないが「させていただく」という気持ちで便器に向かっている。朝礼時に必ず国旗が掲揚され、組体操も行われる学校に通う真。彼や、彼の友達の使う日本語はなんだかすこし変なのだが、このあたりまでくると、ふうん、というような気持ちになっている。異様さに慣れてくるのだ。

 そう、人間は慣れる。慣れることができる。

 最初はディストピアの話だと思っていた。嫌だなあこんなの、と苦笑していた。しかし読み進むにつれ、周りにいる「似たような人」がどんどん頭の中に浮かんでくるのだった。科学を否定し、悪気なく自分の信じる善意を差し出す人。

 これは現実と地続きの物語だった。(笑)のあとに、比喩ではない本当の震えがくる。

新潮社 小説新潮
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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