名作『蝉しぐれ』を想起 今年の時代小説の大本命となる一冊『高瀬庄左衛門御留書』

レビュー

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高瀬庄左衛門御留書

『高瀬庄左衛門御留書』

著者
砂原 浩太朗 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065192733
発売日
2021/01/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

いのちがけ 加賀百万石の礎

『いのちがけ 加賀百万石の礎』

著者
砂原 浩太朗 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062209526
発売日
2018/02/22
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 歴史・時代]砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』/砂原浩太朗『いのちがけ 加賀百万石の礎』

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 2021年がはじまったばかりだが、今年の時代小説の大本命となるだろう一冊に出合った。

 架空の藩・神山藩で郡方を務める高瀬庄左衛門を主人公に、下級武士の哀歓を端正な文体で描いた砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』(講談社)だ。

 その前にまずは、こちらも完成度の高い、第2回「決戦!小説大賞」を受賞した著者のデビュー作である『いのちがけ 加賀百万石の礎』(講談社)をご紹介したい。

 加賀藩の祖・前田利家の若き日からの股肱の臣・村井豊後守長頼を主人公にした、利家から二代利長にかけて、加賀百万石の礎が築かれた時代の物語である。陪臣の眼から語られるという視点の面白さに加え、秀吉の世から家康の世へと変わり行く中で、賤ヶ岳の戦いや、名護屋での顛末など、次から次へと激しく躍動する場面が続き、読みどころの多い作品だった。特に、秀吉と利家亡き後の家康と長頼が相まみえる場面を描いた絶妙な筆致は、強く印象に残っている。

 さあ、ここからは『高瀬庄左衛門御留書』についてである。正直、年のはじめからこんなにも素晴らしい作品に出合えたことに高揚している。架空の藩の郡方の役人を主人公に据えた物語ということで、藤沢周平の名作『蝉しぐれ』を思い出し、あの海坂藩の優しく、心にしみいる世界観に真正面から挑む書き手が現れたか! と興奮しながら読み進めた。

 五十を前にして妻を亡くした高瀬庄左衛門は、息子・啓一郎を事故で失ったことで、息子の嫁・志穂を実家に戻し、小者の余吾平に暇を出し、独居の身となっていた。ひとり身の静けさは亡き妻と向き合わせ、息子を亡くした生々しい傷痕を直視させてくれ、非番の日に訪れる志穂とともに手慰みに絵を描くという静穏な日々を過ごしていた。志穂とのやり取りから抑制されたなまめかしさがほのかに香り、「照れくささ」というキーワードを強く印象付けた。

 そして、息子と因縁のある上級武士の若者との出合いが、庄左衛門の過去との邂逅をもたらし、引き寄せられるかのように縁遠いはずの藩の政争に巻き込まれてゆく。愛するとはどういうことか、生きるとはどういうことかを深く考えさせてくれる。人は生きていると、あの時己の行いはあれで良かったのか、あの時の相手の気持ちはどうだったのか、と心残りが積み重なっていく。そこに正対することで得られる美しさを、丁寧に描いている。

 流れるような落ち着いた文体が、激しく揺れ動く物語とは裏腹に、静かで、凛とした印象を与えてくれる。本書が、デビュー二作目であることが信じられない。それほどまでに、しっかりとした世界観を創り上げていることに驚いた。

新潮社 小説新潮
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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