ダーウィン、仏教、神 クリントン・ゴダール著 人文書院

レビュー

5
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ダーウィン、仏教、神

『ダーウィン、仏教、神』

著者
クリントン・ゴダール [著]/碧海 寿広 [編集]
出版社
人文書院
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784409041147
発売日
2020/12/22
価格
4,950円(税込)

書籍情報:openBD

ダーウィン、仏教、神 クリントン・ゴダール著 人文書院

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

 進化論についてはよく知られた通説がある。つまり、日本はキリスト教国でなかったために進化論が難なく受容され、とりわけスペンサー流の社会進化論は広く浸透していたというものだ。こうした通説に真っ向から異を唱えたのが本書である。それは、日本において近代的な宗教が成立してくる文脈において、進化論の複雑な受容と抵抗を読解したものである。

 たとえば、日本での最初期の進化論受容に大きな役割を果たした、大森貝塚の発見で有名なエドワード・モースは、キリスト教に反対するために進化論を唱導した。それに対して、キリスト教の宣教師はキリスト教と進化論が調和するものであって、進化論が象徴する文明や科学と矛盾しないと説いた。

 仏教者もまた進化論を積極的に受け入れたが、それは一方でキリスト教への対抗意識の表れであったが、他方で仏教の大乗仏教への進化を説明するには好都合であった。無論、末法思想のように退化する見方も仏教にはあるので、進化をそのまま進歩と見なすことはできず、退化を含んだ進化の議論を展開したのである。これは進化論をどう翻訳するかという問題とも深く関わっていった。その上で、宗教的進化の果ての、生存競争を超えたユートピアを説く宗教思想も花開いていった。

 しかし、最大の問題は国体論と進化論の関係である。天皇の神聖性が強調されるようになると、神道系の思想家によって進化論は激しく攻撃されるようになる。彼らは生命主義に基づき、唯物論的な傾きにおいて理解された進化論を退けたのである。

 このように進化論は、仏教・キリスト教・神道との交叉(こうさ)のなかで、その意味を奪い合う「生存競争」に巻き込まれていった。この姿を明らかにした本書は、今後の日本近代思想史を構想する際には参照せずにはいられないものである。訳者の碧海寿広(おおみとしひろ)の解説も読み応えがある。

読売新聞
2021年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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