事実とウソが響き合う著者初の“モデル小説“

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

灰の劇場

『灰の劇場』

著者
恩田陸 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309029429
発売日
2021/02/16
価格
1,870円(税込)

事実とウソが響き合う著者初の“モデル小説“

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 デビュー長編『六番目の小夜子』の刊行から29年。恩田陸70冊目の著書となる『灰の劇場』が出た。

「これは“事実に基づく物語”」と帯にあるとおり、本書は、実際に起きた事件に材を得た一種のノンフィクション・ノベル。著者にとって初めての“モデル小説”でもある。といっても、そこは恩田陸なので、もちろんふつうの事件ものではない。

 きっかけになるのは、奥多摩町の鉄橋から飛び降りて死んだ二人の年配女性の身元が判明したという、新聞の小さな三面記事。二人は大学時代の友人同士で、一緒に住んでいたという。いったいどんな関係で、なぜ一緒に死ぬ選択をしたのか?

 時は90年代前半。作家になったばかりの“私”(=恩田陸)はこの事件が頭から離れず、やがて、それを題材に小説を書こうと思い立つ。

 つまり、本書執筆の経緯を語る回顧エッセイ的な記述が最初から作中にとりこまれ、(“私”が書いた小説とおぼしき)二人の女性の物語がそれと同時進行する。ローラン・ビネ『HHhH』を思わせる趣向だが、本書ではさらに、その小説が出版されて数年後に舞台化が決まり、原作者の“私”がその制作過程を見守るパートが組み込まれている。演出家とのやりとりやオーディションの見学など、原作者から見たリアルな舞台制作日誌風のパートだが、ここは(舞台化はもちろんまだ実現していないので)完全なフィクションということになる。

 つまり、事実と、“事実に基づく物語”と、事実っぽいウソとが一体になり、たがいに響き合う。それがまさに恩田マジック。予定された破局(飛び降り)に向かって淡々と進む作中作がどう決着するのかも含め、後半は息苦しい緊張感がみなぎる。こんな小説、読んだことがない。

 なお、本書刊行に合わせて、著者の全作品を紹介する『文藝別冊 恩田陸 白の劇場』と題するガイドブックも刊行されている。

新潮社 週刊新潮
2021年3月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク