人形遊びに夢中になる核戦争後の人類

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人形遊びに夢中になる核戦争後の人類

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「人形」です

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 核戦争後の世界。地上は放射能で汚染され、生き残った人類は地下で暮らす。冷戦時代のSFによく見られた設定だが、フィリップ・K・ディックの「パーキー・パットの日々」(『変数人間』所収)では、サバイバーたちが生存競争を繰り広げることもないし、地球滅亡の危機も訪れない。凶暴な怪物もミュータントも出現しない。ただ、まったりとした日常が続く世界だ。

 生きるために必要な物資は火星生物によって投下され、働く必要もない。そんな中で人々が人生を賭けるほど夢中になっているのが、パーキー・パットと呼ばれる人形で遊ぶことだ。

 かれらは人形が暮らす家や街に至るまで、精巧な模型を作ることに異常な情熱を傾ける。それは戦争前の自分たちの生活を再現することだから。そのためには、電子芝刈機も車庫の自動開閉装置もスーパーマーケットも、かつての世界にあったものはすべて存在しなければならないのだ。

 主人公はあるとき、別のコミュニティでは違う人形でゲームをしているという噂を聞き、いてもたってもいられずに出かけていく。コニー・コンパニオンというその人形は、パーキー・パットにはない“ある特徴”を備えていた。それを知った人々はパニックに陥る……。

 あっと驚くオチはなく、カタルシスもないかわりに、読者の胸をざわざわさせる結末が待っている。人形という存在のもつ魔力のようなものがじわっと迫ってくる、奇妙に怖い小説である。

新潮社 週刊新潮
2021年3月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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