恥さらし パウリーナ・フローレス著 白水社

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恥さらし

『恥さらし』

著者
パウリーナ・フローレス [著]/松本 健二 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784560090657
発売日
2021/01/05
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

恥さらし パウリーナ・フローレス著 白水社

[レビュアー] 木内昇(作家)

 いつもの電車を待っていたら、他県行きの特急がホームに滑り込んできた。このままこれに乗ってどこかへ行ってしまいたい――そう思った経験のある人は少なからずいるだろう。けれど図書館で働くデニスは反対に、バス停でバスを待つ間は「たしかにある場所に属していた」と感じる。母のノマド的移動に従ってきた彼女は、それほど自分の居場所を見出(みいだ)せずにいる。

 チリ芸術批評家協会賞を受賞した新鋭のデビュー作となる本書は、貧困の中に生きる女性や子供を描いた九つの短編から成っている。デニスとニコル、二人の少女の日々が並行して語られる「よかったね、わたし」。失業中の父に連れられ、幼い妹とともに面接の場へ向かう少女の心象を描いた「恥さらし」。同級生が性被害に遭ったことから強姦魔(ごうかんま)の影におびえ、一刻も早く子供でなくなることを願っていたかつてを回想する「フレディを忘れる」。

 過去をひもとく語り口が多用され、それによって家族や居場所が崩れていく過程が、冷静な観察眼と生々しい感覚を伴って立ち現れる。彼らは、自分がいるべきはここではないことを知っている。中でも「最後の休暇」は白眉だった。少年の頃の「俺」は、たびたび姿を消す母親との暮らしを普通だと信じ、万事に適応することで身を守っていた。だがある夏、美しい伯母とそのふたりの娘たちと休暇を過ごす中で、彼女たちの愛情を受け、彼は心の鎧(よろい)を脱いでいく。そして友人につい、伯母を母だと偽ってしまう。そこから罪悪感にさいなまれていく様は、読んでいて息苦しくなるほど切実だった。

 胸奥深くに埋めていた記憶を、ひとつひとつ虫ピンで留めるようにして見澄まし、彼らは沈思する。本質から逃げず、自分を偽らずに。困難な道にあっても、覚悟して思索することで、人は一種哲学的な実感を得られるのではないか。このほろ苦い物語に、そんな希望を見出すのは、あまりに楽観的だろうか。松本健二訳。

読売新聞
2021年2月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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