“雑誌ジャーナリズム”生みの親 黒衣に徹した編集者の実像

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鬼才 伝説の編集人 齋藤十一

『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』

著者
森功 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344037281
発売日
2021/01/14
価格
1,980円(税込)

“雑誌ジャーナリズム”生みの親 黒衣に徹した編集者の実像

[レビュアー] 山口一臣(元『週刊朝日』編集長)

「わたし、新潮社の齋藤十一さんにすごく興味があるんです。森さん、評伝をお願いできませんか」

 幻冬舎の編集者から言われたこの一言が取材を始めるきっかけだったという。出版業界のある一定の年齢以上の人なら、誰もが抱く想いだろう。

 著者に森功さんを選んだことは慧眼だった。取材力に定評があるだけでなく、自身が週刊新潮に籍を置いたことがあり、いまも社内に知己は多い。間接的にだが、齋藤の薫陶を受けた最後の世代と言ってもいい。

 齋藤にまつわる断片的な伝説は業界にいれば嫌でも耳に入ってきた。日本中の同人誌に目を通し数多くの作家を発掘した、どんな著名な書き手でも原稿が面白くなければ容赦なく没にすることで畏れられた……。

 それだけではない。日本初の出版社系週刊誌となる週刊新潮で、雑誌ジャーナリズムの礎を築いた。伝説の写真週刊誌フォーカスを構想したのも齋藤だった。だが、自らは黒衣に徹し、表に出ることはなかった。

 週刊新潮の“天皇”として君臨し、すべての特集タイトルをつけていると言われたが、編集長に就いたことはない。新潮社内でさえ、直接話をするのは限られた人だけだという。

 斯界で知らない人がいないほどの有名人だが、その実像は謎に包まれていた。「伝説」は本当なのか。知りたいことは山ほどあった。森さんは、生存する多くの証言者にあたり、ベールを一枚一枚はがしてくれた。

 本が手元に届いてから、しばらく表紙を開くことができなかった。頭の中で勝手にイメージしていた齋藤像があまりに大きく、がっかりしたくなかったからだ。だが、読み始めたら止まらなかった。面白すぎる。齋藤は想像以上の「巨人」だった。

 出版、とりわけ雑誌に対する思索の深さに圧倒される。関わった雑誌は、新潮、芸術新潮、週刊新潮、フォーカス、新潮45で、いずれも齋藤のあり余る知恵と教養から生み出され、出版界に大きな足跡を残した。

 週刊新潮の特集はタイトルだけでなく記事の切り口も齋藤が決めていた。齋藤の違和感や疑問が、あの週刊新潮特有のテイストの源泉であり、週刊文春にはない凄みや強さの秘密だったと改めて知らされる。

 これではかなうはずがないと正直思った。比べるのもおこがましいが、自分がどれだけ浅薄な心構えで雑誌をつくっていたか思い知らされて恥ずかしくなる。若い雑誌記者、編集者には、ぜひ読んでもらいたい一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2021年3月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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