『仏果を得ず』
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特殊なお仕事人形浄瑠璃 若手大夫の恋の行方
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「人形」です
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三浦しをん『仏果を得ず』は、人形浄瑠璃の世界を舞台に若手大夫(たゆう)の成長を描いた長編小説だが、日本の伝統文化の世界をこれほどわかりやすく、面白く、鮮やかに描いた小説はない。ホント、絶品である。
三浦しをんには、林業の世界を描く『神去(かむさり)なあなあ日常』や、国語辞書の編集者を主人公にした『舟を編む』など、特殊な職業を扱った小説が他にもあり、この『仏果を得ず』もそのライン上の作品で、いわゆる「お仕事小説」だ。
この場合、扱う職業が特殊であればあるほど読者の興味を引くもので、人形浄瑠璃の若手大夫などは、いったいどういう人がなるものなのか、どういう暮らしなのか、そもそも大夫とは何なのかと、たちまち物語に引きずり込まれる。
一年の半分が旅暮らしで、たとえば東北の何県かを三日でまわり、大阪に戻って二日休んだら次は中国地方。一日の休みがあって、次は近畿各県や中部地方を日帰りで、とハードな行程が続くとは予想外。もっと静かな日々だと思っていた。合間の休演日も稽古があるので実質的には休憩できないから大変だ。本書の主人公・健(たける)はまだ若いからいいのだが、長老連は大変である。健の師匠・銀大夫(ぎんだゆう)は八十歳だが、出番が終わると汗びっしょり。体力勝負なのである。
健の恋の行方も気になるが、浄瑠璃の背景、仕組み、さらにはそのストーリーの中身までさりげなく物語に溶け込んでいるのがなによりもうまい。