かつては小さな喜びだったものが、歳を重ねるごとに、より大きなものに変わっていく。群ようこが「れんげ荘」シリーズを書き続ける理由。

エッセイ

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おたがいさま

『おたがいさま』

著者
群, ようこ, 1954-
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413701
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

小特集 群ようこ『おたがいさま れんげ荘物語』刊行記念エッセイ

[レビュアー] 群ようこ(作家)

「れんげ荘物語」シリーズも、今回の『おたがいさま』で五冊目になった。多くの方がキョウコのその後の生活に興味を持ってくださり、心から御礼を申し上げたい。

 一冊目の単行本は二〇〇九年に発売された。十二年の間に、れんげ荘の住人にも様々な変化があった。これまでにサイトウくんとコナツさんが離脱し、そのかわりにチユキさんがやってきた。以前から住んでいるクマガイさんとキョウコは、れんげ荘の主のようになっている。

 今回は、これまででいちばん、住人、元住人たちの生活に変化があった内容かもしれない。若い頃にもそれなりに変化はあるけれど、その頃の十年と中高年になってからの十年とは、変化の内容が違う。もちろん若い頃に、人生でいちばん大きな経験をする人もいるけれど、自分の力ではどうしようもない、人生の出来事(それはだいたい楽しいことではない)が、自分の身にたくさん降りかかるように感じられるのは、中高年になってからだろう。働かずに暮らしていく選択をしたキョウコの、淡々とした日々の生活にも、様々な出来事や変化は起こる。だけど辛い出来事だけではなく、もちろん喜びもある。歳を重ねるごとに、かつては小さな喜びだったものが、より大きなものに変わっていくのだ。

 キョウコの生活は私が憧れる暮らしでもあるのだが、まだまだ私の現実の生活はそれと一致していない。たしかに彼女よりは広い部屋に住んでいるが、前期高齢者になってもまだまだ労働者だし持ち家もないし、貯蓄額もこれから先を考えると、相当あぶない。いったい自分はこれからどうするんだろうと思いながら、「れんげ荘」をずっと書いてきた。その結果、書いている本人の状況は何も変わらないという有様だ。他人からどう思われようと、自分の好きな部屋に住み、孤立せず、交際範囲も同年配の人々に偏らず、日常の小さな事柄に喜びを見いだす。私は少しでもキョウコに近づきたくて、このシリーズを書き続けているのだろう。

 ***

【著者紹介】

群 ようこ(むれ・ようこ)
1954年東京都生まれ。1977年日本大学藝術学部卒業。本の雑誌社入社後、エッセイを書きはじめ、1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。その後作家として独立。著書に「れんげ荘物語」「パンとスープとネコ日和」シリーズ、『無印良女』『かもめ食堂』『ミサコ、三十八歳』『びんぼう草』『ほどほど快適生活百科』『じじばばのるつぼ』『還暦着物日記』『咳をしても一人と一匹』『いかがなものか』など多数。

群ようこ

角川春樹事務所 ランティエ
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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