廃炉 「敗北の現場」で働く誇り 稲泉連著 新潮社

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廃炉

『廃炉』

著者
稲泉 連 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103320920
発売日
2021/02/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

廃炉 「敗北の現場」で働く誇り 稲泉連著 新潮社

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

 福島県富岡町から大熊町に向け、国道六号線を走る。帰還困難区域の静まり返った風景を抜けると、福島第一原子力発電所の事務棟が唐突に姿を現す。本書は、「森と岸壁に囲まれた陸の孤島」のようなその場所で、廃炉に向け働くひとびとに取材したノンフィクションである。

 爆発した原子炉建屋を前に、ある技術者は「あまりの現実感のなさに足下が揺らぐような感覚を覚えた」という。また、ある技術者は、「この国の最高峰の技術」が詰まっていたはずの建屋が爆発した姿に「敗北感」をおぼえ、涙を流す。しかし、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしたままでいることなく、彼らは廃炉の仕事に着手する。

 ある者は、原子力の専門家としての責任感から。ある者は、地元の原発が事故を起こしたのに、廃炉について知らなくていいのかという問題意識から、廃炉という仕事と向き合う。社会の役に立ちたいと、自己実現のために「加害企業」となった東電に入社する若者もいる。彼らが働く動機に、仕事とは何かと考えさせられる。

 過酷で緊張感に満ちていた現場も、努力の積み重ねにより、この10年で労働環境は改善された部分もある。東京電力が好んで用いる「普通の現場」が整いつつあるが、それによって放射線に対する危機意識が薄れることに違和感をおぼえる人もいる。また、廃炉は「ものを壊し、更地にしていく」ことが目標であり、そこには「ある種の虚(むな)しさ」が宿命的につきまとい、「一抹の寂しさ」を吐露する人もいる。夜空に輝く星を見上げても、「この場所で『きれいだ』と思っていいのか」と逡巡(しゅんじゅん)する――普段はあまり語られることのない感情を、著者は拾い、書き記す。

 わたしたちは、自分で目にすることのできない場所にもひとりひとりの人間がいて、一粒一粒の感情があるということを、すぐに忘れてしまう。10年経(た)った今でも到底終わりの見えない仕事に、複雑な感情を抱えながら向き合う人たちに、活字を通じて目を向けていたい。

読売新聞
2021年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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