東日本大震災 3.11 生と死のはざまで 金田諦應著 春秋社

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東日本大震災

『東日本大震災』

著者
金田 諦應 [著]
出版社
春秋社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784393495384
発売日
2021/01/27
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

東日本大震災 3.11 生と死のはざまで 金田諦應著 春秋社 1800円

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

 牆壁瓦礫(しょうへきがりゃく)とは無情に見える塀・壁・瓦・小石のことである。道元は『正法眼蔵』において、それらにも仏心や仏性があると述べた。では、大震災がもたらした牆壁瓦礫、とりわけ放射線に汚染されたそれにどう向かい合えばよいのか。鳥取にある天徳寺の宮川敬之さんは、汚染された瓦礫(がれき)によって寺院を造り、そこに座って実践を開始することが、仏教の今日的な可能性だと述べていた。本書は実践の現場からそれを証示してくれたようにみえる。

 著者の金田諦應さんの傾聴移動喫茶「カフェ・デ・モンク」の実践は、生者だけでなく死者の心にも寄り添う、鎮魂の行である。そこに迸(ほとばし)り出た言葉は、「医者が命なら、坊主は心」「瓦礫の中に安心して泣ける場所を作れ!」である。死臭漂う瓦礫はその看板となり、また小さな地蔵となった。地蔵の物語は胸を衝(つ)く。ある女性が小さな地蔵を作ったが不満で、金田さんに眼鏡の線を書き入れてもらうと、そこに亡くなったご主人を見て、人前はばからず泣き出したという。牆壁瓦礫に仏心あり。そうした牆壁瓦礫が、十和田現代美術館に展示され、その一部を本書で見ることができる。眼鏡をかけた地蔵はことのほかやさしい表情をしている。

 金田さんが尽力した臨床宗教師の養成プログラムも重要である。宗教宗派の違いを乗り越えて、目の前の人に寄り添い、さらには鎮魂の儀礼や巡礼を行う。それは、既存の宗教制度に還元できない宗教性の新たな開放であると同時に、宗教の初心において目指されていた、関与する宗教の回復でもあるのだろう。

 「風のように来たりて、風のように去る。そしてその痕跡を残さない。それがカフェデモンクの最終形である」。その風は、言葉となって人を癒やし、呼吸となって人を救う。バラバラに断片化した牆壁瓦礫に仏心を認めることで、眼前の「世界崩壊(ほうえ)」を乗り越えようとした道元が蘇(よみがえ)ったかのようである。

読売新聞
2021年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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