社会の不条理に挑む痛快“警察”活劇――『監殺』古野 まほろ著

レビュー

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監殺

『監殺』

著者
古野, まほろ
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041076644
価格
880円(税込)

書籍情報:openBD

社会の不条理に挑む痛快“警察”活劇――『監殺』古野 まほろ著

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■『監殺』古野まほろ著 文庫巻末解説

解説 社会の不条理に挑む痛快“警察”活劇
末國 善己(書評家)  

 一九七二年九月二日、テレビ時代劇『必殺仕掛人』がスタートした。原作は池波正太郎だが、まだ『仕掛人・藤枝梅安』の連載がスタートしたばかりだったので、同作の原形となった短編「殺しの掟」の設定も取り入れられていた。『必殺仕掛人』は時代劇の定番だった勧善懲悪の図式を排し、金で殺しを請負う悪党が、弱者を食い物にしている巨悪を始末するダークでアンモラルな物語だったことから制作陣には懸念もあったようだが、放送が始まると視聴者を熱狂させた。続編『必殺仕置人』からは、プロの殺し屋が悪党を始末する設定は受け継ぎながらも池波の原作ではないオリジナルストーリーの〈必殺〉シリーズとなり、世代を超えたファンがいる人気コンテンツになっている。
 そのため〈必殺〉シリーズの影響を受けた作品は、時代劇だけでなく、栗原正尚の漫画〈怨み屋本舗〉シリーズ、タカヒロ原作、田代哲也画の漫画『アカメが斬る!』、オリジナルアニメで実写ドラマ、映画化などもされた『地獄少女』、貫井徳郎〈症候群〉シリーズ、京極夏彦〈巷説百物語〉シリーズなど、様々なジャンルで発表されている。
「不祥事のデパート」と揶揄されているB県警内に極秘裏に設置された「警務部警務課SG班」、通称「監殺班」が、重大な犯罪に手を染めた警察官を人知れず抹殺していく本書『監殺』も、〈必殺〉ものの系譜に連なる一冊である。
 警察小説の人気は衰えることを知らないだけに、スペシャリストだけの特殊チームが難事件に挑んだり、反対に持て余し者ばかりの斜陽部署が思わぬ活躍をしたりする作品は珍しくない。「監殺班」に集められたのは、運と偶然、剣道の腕で昇進した中村警視、機動隊出身で「狂犬」の異名を持つ秦野警部、電子諜報が得意な漆間警部、女たらしの後藤田巡査部長、元六本木のナンバーワンキャバクラ嬢で、今も非合法ながらキャバクラでアルバイトをしている國松巡査と、いずれ劣らぬはぐれ者ばかり。このメンバーが各人の得意技を活かして暗殺を実行するのだが、本書が独創的なのは、不祥事が続くB県警の抜本的な改革に着手した警察庁の幹部が、警察の警察である監察の強化を思い付くところから始まり、中央からB県警に送り込む本部長の人事プロセス、「監殺班」の隠れ蓑になる部署の設置や、「監殺班」の指揮命令系統といったフィクションを、実際の日本の法律、警察組織のあり方と矛盾することなく描いたところにある。
 さらに著者は、警察内部の派閥抗争の実態、警察の行政文書がジャストシステムのワープロソフト一太郎と、マイクロソフトの表計算ソフト Excel で作成されているなど、知られざる警察の内情を活写しながら物語を進めているので、そのリアリティに圧倒されるだろう。このあたりは、東京大学法学部卒業後、リヨン第三大学法学部に留学、キャリアとして警察庁に入り、交番、警察署、警察本部、海外、警察庁などを経て警察大学校主任教授で退官、『残念な警察官 内部の視点で読み解く組織の失敗学』『警察手帳』『警察官の出世と人事』など警察関連の新書もある著者の面目躍如といえる。

『監殺』著者 古野 まほろ 定価: 880円(本体800円+税)
『監殺』著者 古野 まほろ 定価: 880円(本体800円+税)

「監殺班」は、交際していた女性を殺すも刑事参事官の父の権力を使って自殺として処理した尾道秀太郎巡査と、それに加担した神月純介美伊北警察署長を始末。続いて美伊銀行の専務から賄賂を受け取り、専務の息子が八歳の子供を轢き殺した自動車事故を揉み消した美伊中央警察署の仁保純也交通課長と美伊地方検察庁交通部の玉川秀介副検事を暗殺する。自殺偽装は、怪力で頸椎を折る秦野、盆の窪に細長い金属を打ち込む後藤田が、交通事故の隠蔽は、弦で首を吊る漆間と、薄い金属で頸動脈を切り裂く國松が担当した。「監殺班」の殺し技は、秦野が念仏の鉄、後藤田が梅安、クールな漆間は恐らく組紐屋の竜、國松がおりくに擬せられており〈必殺〉シリーズへのリスペクトが感じられる。ただ〈必殺〉は、貧しい人であれば少ない金額でも殺しの依頼を受ける人情味も濃いが、「監殺班」は殺す相手一人につき一千万円という多額の「特殊危険手当」を受け取り、暗殺を受けるか否かの判断は「医局」と呼ばれるいわば外部の委員会が決定している。こうした設定は、殺しを頼むには大金が必要で、依頼人は〔蔓〕と呼ばれる顔役に繋ぎをつけ、殺しを実行する〔仕掛人〕は〔蔓〕の命令で動くとした池波の『仕掛人・藤枝梅安』を彷彿させる。つまり「監殺班」が遂行する悪人への制裁は、ドラマと原作のハイブリッドなのである。
 そのほかにも、巻頭に掲げられた「──かつて我々を暗黒の世界へ押しやった者どもよ、思い知るがいい」が、アニメ〈ガンダム〉シリーズに登場するアクシズ(ネオ・ジオン)の指導者ハマーン・カーンの台詞になっているなど、〈必殺〉以外にもサブカルチャーのネタがちりばめられているので、それらを探しながら読むのも一興である。
 権力に守られ法の裁きから逃れた悪党が次々と倒される痛快な展開は、「監殺班」が、未亡人の依頼で、七年前に自殺した神浜忍警部の周辺を調べ始めると一変する。
 警備公安のエリートだった神浜は、警部に昇任すると規定通りに警察大学校で学び、成績優秀者に声が掛かるという警察庁公安課への出向も果たし、B県警に戻ってきた。本来ならエースとして警備公安に戻るのだが、組織改革の波に飲まれ門外漢の生活安全部保安課(風俗の取り締まりなどを担当)に配属された。神浜は、叩き上げのスペシャリストが揃う保安課で孤立し、精神的に追い詰められられていったという。
 さらに「監殺班」の調査で、神浜が経験した壮絶なパワーハラスメントの実態が浮かび上がってくる。それは保安課への異動の内示が出た頃から始まっていた。挨拶回りに行った神浜は、正式な異動前で権限がないのに山積みの書類の処理を命じられる。次いで次席に呼びつけられ、挨拶に来るのが遅いと罵倒されたのだ。夜遅くまで書類を片付けていた神浜は、タクシーチケットがもらえず、県警本部近くのビジネスホテルに宿泊するようになる。これに追い討ちをかけたのが、「新しいタイプの二号営業の問題」なるプロジェクトチームのとりまとめ役である。ただでさえ神浜は風俗営業法の知識が乏しいのに、古株の警部はまったく協力してくれなかった。神浜は、新しい二号営業の捜査で決定的なミスをし、それが自殺の引金になったというのである。
 身体および精神への攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求などがパワハラの特徴として挙げられるが、初めての仕事なのに失敗すれば厳しく?責され、同じ部署に理解者がおらず、一人でこなせないほどの任務を与えられた神浜は、パワハラの被害を真正面から受けたといえるだろう。ただ、これは警察の特殊な事情ではない。作中ではパワハラが、出世をしている人間への嫉妬、敵対する派閥の人間への恨みなどで発生し、加害者がパワハラをしている意識がなかったり、不祥事を隠したい組織の力学が働いたりするため発覚しにくいとされている。自浄能力がなく、外部の監査を嫌うのは警察に限らず日本の組織の特質ともいえるので、本書はパワハラがなくならない現代社会の病理を鮮やかに解き明かしたといえる。
 パワハラは身近な問題なので、真面目な上に愛する家族がいるのでパワハラの最前線から逃げ出さなかった神浜が、食事をしても吐くようになり、トイレにも行けず、趣味の読書にも関心を示さなくなる鬱状態になり、病気になると職場での待遇が悪くなってさらに症状を悪化させていく場面は、とても他人事とは思えないのではないか。
 終盤になると、神浜を嵌めた巨悪と「監殺班」の壮絶な戦いの幕が切って落とされるが、それだけでなく、周到に配置されていた伏線がまとまり、神浜の自殺の裏側が明らかになるところは本格ミステリとしても楽しめるだろう。
〈必殺〉シリーズへのオマージュになっている本書は、悪人に懲罰を与えるとはいえ、それは私的制裁に過ぎない「監殺班」を正義のヒーローとしていない。著者が、悪人がさらなる悪人を殺す展開にこだわり、暗殺の実行には世の表も裏も知り尽くす「医局」のメンバーの許可という一種のシビリアンコントロールを設けたのは、正義がはらむ危うさ、正義を相対化する視点を持つことの重要性を示す意図があったように思える。近年、匿名性が高いSNSを中心に、信じる正義を絶対視する人たちが、異なる意見を持つ人を攻撃する事例が増え、自殺者も出ている。「監殺班」に付けられたリミッターは、掲げている正義が歪んでいるかもしれない可能性を想定せず、正義に酔いしれ言葉の暴力を正当化する人があふれる現状への批判とも解釈できるのである。
 組織内の“膿”を密かに排除する物語なら、外部のプロを主人公にしても成立するが、著者は警察の綱紀粛正を担う監察官の一変種として「監殺班」を描いた。組織の人間が、内部の“膿”を出そうと奮闘する展開にこだわったのは、まず中にいる人が声を上げ、理想を共有する人たちと手を組まなければ、よりよい組織に変革することなどできないというメッセージに感じられた。本書を読むと、社会にはびこるあらゆるハラスメントや、仕方ないと諦めていた組織内の不条理に立ち向かう勇気がもらえるはずだ。

■作品紹介

社会の不条理に挑む痛快“警察”活劇――『監殺』古野 まほろ著
社会の不条理に挑む痛快“警察”活劇――『監殺』古野 まほろ著

監殺
著者 古野 まほろ
定価: 880円(本体800円+税)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321808000324/

唯一無二、異色の警察ドラマ! 晴らせぬ組織人の恨み、晴らします――
優秀な警部が警察署内で首を吊った。闘病の末の自殺だという。背景にあったのは組織ぐるみの陰湿なパワハラだった。警察の罪を取り締まる目的で集められた異端児集団「監殺部隊SG班」は、悪徳上司たちに”処分”を下すため、秘密裏に動き始める……。出世レース、派閥争い、人間関係の軋轢――私怨と義憤が渦巻く中、声なき者の無念は晴らせるのか。組織で働くすべての人に贈る、元警察官による圧巻の復讐ドラマ!

KADOKAWA カドブン
2021年03月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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