「家族を否定」することで得た居場所が、「家族を肯定」することに繋がる小説2冊

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櫓太鼓がきこえる

『櫓太鼓がきこえる』

著者
鈴村 ふみ [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717440
発売日
2021/02/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

俺と師匠とブルーボーイとストリッパー

『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』

著者
桜木 紫乃 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041111123
発売日
2021/02/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]『櫓太鼓がきこえる』鈴村ふみ/『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 大相撲の取組前に対戦力士名を呼び上げる、呼出。第三三回小説すばる新人賞を受賞した鈴村ふみ『櫓太鼓がきこえる』(集英社)は、呼出一年目の青年を主人公に据えた。物語の始まりは、呼出となって四ヶ月目の秋場所。高校中退により両親との仲がこじれた一七歳の篤は、叔父の勧めで朝霧部屋に入門した。実は、呼出は相撲部屋の所属であり、力士たちと共同生活を送るのだ。幕下の力士六人しかいない弱小部屋だが、いつか憧れの関取になりたい、はたまた仲間たちに美味しいちゃんこ鍋を食べさせたい……と情熱を燃やす力士たちの姿は、さしたる理由もなく呼出の仕事に就いた篤の心を、穏やかに焚き付ける。

 呼出の仕事は土俵作り、懸賞旗持ち、櫓太鼓などなど意外なほど多様で、それゆえ相撲の取り組みに一日中携わり続ける存在だ。呼出の視点を通して、大相撲の醍醐味、相撲文化の魅力をまるっと記述することにも成功している。相撲への愛情はたっぷりなはずなのにクールな筆は実直、丁寧。派手な事件は起こらず、ともすれば淡々とした話になりかねないのにページをめくる手が止まらないのは、全国各地で行われる大相撲六場所の、場所ごとの色合いの違いを鮮やかに描き出しているからだ。そして、登場人物たちがことごとく魅力的だから。……と思っていたら、呼出を主人公に設定したからこそ描くことができた、胸熱の展開が現れて痺れた。視点と題材がピタッと合致した、今年のエンタメ小説界“新人王”筆頭候補だ。

 桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(KADOKAWA)は、昭和後期、釧路のグランドキャバレー「パラダイス」で働く二〇歳の章介が主人公の物語。年末のショーに「世界的有名マジシャン」「シャンソン界の大御所」「今世紀最大級の踊り子」と称される三人がやって来たのだが、看板は偽りだらけで、ステージは地獄絵図だった。しかも、三人は章介が暮らすおんぼろな寮に入居し、一つ屋根の下の奇妙な同居生活も幕を開ける。最初は章介もぐったりしていたのだが、大晦日が差し迫った雪の日――〈去年我慢できたことが、今年は耐えられなくなっていた。凍みるような寒さが、いまは痛い〉。直接的には冬靴についての描写なのだが、去年は一人だったが今年はでたらめ三人組と一緒に冬を過ごし、他人の温もりを知った喜びと痛みが重ね合わされている。

 二作の主人公は、最初は戸惑っていたものの仕事の喜びを知り、仲間とともに同じ釜の飯を実に美味しそうに楽しんでいる。自分はここにいたいんだと思える居場所を得ることは、元いた場所を見つめ直す契機となる。否定的な動機で出奔してきた、捨ててきたつもりでいた生まれ育った家(族)が、自分の人生の一部として肯定的に取り戻されていく。それは、大人になることと同義だ。

 二作は青春小説としても抜群でした。

新潮社 小説新潮
2021年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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