コロナ禍の球児の本音に肉薄した心揺さぶるノンフィクション

レビュー

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あの夏の正解

『あの夏の正解』

著者
早見, 和真
出版社
新潮社
ISBN
9784103361534
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

コロナ禍の球児の本音に肉薄した心揺さぶるノンフィクション

[レビュアー] 上原浩治(元プロ野球選手)

 なんて難しいテーマに果敢に挑んだ本なのだろう。

 僕は常々、「野球に正解はない」と言い続けている。よく例に出すのが、ブルペンに入らずに調整していたこと。批判も受けたが、僕が「結果」を出すために選んだ方法だっただけで、ブルペンに入った方が良い選手ももちろんいる。つまり、全員に共通の「正解」などなく、僕たちにできるのは、その時々で自分がいいと思った道を、自分で考えて選択することだけだ。僕が長く現役を続けられたのも、ワールドシリーズ制覇の瞬間をマウンド上で経験できたのも、自分自身で考え、選んできた結果だと思っている。

 しかし、現在も続くコロナ禍では、その「選択」がかつてないほど難しいものになっている。

 2020年5月、夏の甲子園の中止が決まった。この本は、中止決定から3年生引退までの約3ヶ月、愛媛県の済美と石川県の星稜、2校の野球部の実情に迫ったノンフィクションだ。

 最大の夢を奪われた彼らに、僕ならどんな言葉をかけただろうか。神奈川県の桐蔭学園で、僕と誕生日が同じ高橋由伸の2学年下で野球をしていた著者も、取材前は選手の気持ちが想像できなかったという。

 この本で、選手や監督の切実な声に触れるたび、「自分だったら……」と何度も考えた。例えば、野球部を辞めようかと揺れる選手の葛藤を描く場面。または、最後の夏の代替大会にベストメンバーで挑むのか、3年生だけで臨むのかと悩む指導者の言葉に触れたとき。ふだんの僕なら、「まわりの目など気にせず、自分で考えて行動すべき」、あるいは、「実力主義でいくべき」と言い切るところだ。けれど、この年は特別だった。誰も経験したことがない状況での選手や監督の悩みは重く、選ぶことの難しさを痛感した。

 それでは、共通の「正解」もなく、難しい「選択」をも強いられた2020年の高校3年生に、どんな言葉をかけるのか。僕は「野球を嫌いにならないでほしい」と伝えたい。もちろん野球に限らず、他のスポーツであれ、何であれだ。自分が好きでやってきたことを好きであり続けてほしいと心から願う。

 では、著者はどんな言葉をかけたのか。それは読者のみなさんがたしかめてほしい。僕から言えるのは、この著者だからこそ選手の本音に迫れたということだ。何より、この難しいテーマに挑むという著者の「選択」は、2020年という特別な年を記録した見事なノンフィクションとして結実している。

新潮社 週刊新潮
2021年3月25日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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