リアルな描写とミステリのバランスが絶妙

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ワンダフル・ライフ

『ワンダフル・ライフ』

著者
丸山正樹 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913847
発売日
2021/01/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

リアルな描写とミステリのバランスが絶妙

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 昨年亡くなった母を、父は休職して二十四時間付きっ切りで介護した。何もできなかった娘として父への感謝と申し訳なさが今も残っている。

 本書の主人公の「わたし」は、事故で頚髄損傷を負った妻を自宅で介護している。献身的な夫に対し妻からは「ありがとう」の一言もない。妻の手足となった「わたし」は思う。

「好きでやっているわけではない。それは確かだ。(中略)自分で選んでやっていることもまた確かだ」

 一度始めたら「その時」が来るまで終わらない介護は、休みも自由もなく、想像以上に過酷だ。

 一方、妊活が実らず特別養子縁組を望む妻と戸惑う夫の物語が並行して語られ、他に上司との不倫の末に妊娠した女性、パソコン通信で知り合った女子大生に好意を抱き、障害を隠して交流する脳性麻痺の青年が交互に登場する……時期も舞台も違うが、それぞれがある種の本音を隠しているところは共通する。それは己の、あるいは誰かの差別心。

 奇しくも「自助」という言葉が世間で広まったが、真の意味での自助ができる人などいない。生まれる時も、この世の去り際も誰かに助けてもらわねばならない。担い手は家族であることが多いし、世間もそれを当然に受け止める。

 しかし看られる側の思いはなかなか表れない。妻が「わたし」に終盤投げた言葉は、彼女の自尊心の表れだろう。同時に妻自身を損なう言葉であるのに愕然とする。

 誰かの手を借りて生きることの悲しみ、愛されるはずのないわびしさ。誰だって愛する人に愛されたい、そして必要とされたい。

 重い題材だが、リアルな描写とミステリとしての絶妙なバランスがページを繰らせる。著者自身「わたし」と同じく長年妻を介護する夫で、筆致は平静で誠実だ。逆説的とも思えるタイトルは、暗闇だからわかる仄かな明かりのように、行く先を照らしている。

新潮社 週刊新潮
2021年3月25日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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