生首で遊ぶ美女 絵の静けさが悪趣味にしない

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桜の森の満開の下

『桜の森の満開の下』

著者
近藤 ようこ [イラスト]/坂口 安吾 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784006022945
発売日
2017/10/19
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

生首で遊ぶ美女 絵の静けさが悪趣味にしない

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「桜」です

 ***

 坂口安吾の作品中、『桜の森の満開の下』は結晶度の高さという点で際立つ逸品ではないだろうか。

 鈴鹿の山中で暴れ放題だった一人の山賊が、世にも美しい女と出会い、夫を斬り捨てて女を自分の家に連れ帰る。

 中世の説話を思わせる設定のもと、残酷な童話のような幻想の世界が広がり出す。甘美にして異様な雰囲気が濃厚にたちこめるのは、何といっても満開の桜のイメージのおかげだ。

「花というものは怖ろしいものだな」

 花吹雪に包まれて山賊はそう感じる。何も恐れないはずの男の心にひやりと畏怖の念を呼びさます花の魔性によって、物語は鮮やかに染め上げられていく。

 その傑作の漫画化に挑戦したのが近藤ようこである。山賊の魂を奪った女は、山賊に命じて生首を取ってこさせては「首遊び」に興じる。何とも血なまぐさい展開だが、近藤の絵には清潔感と静けさがあり、悪趣味にならない。文楽の舞台を見るような趣きがある。

 猟奇的な趣味に溺れる女の顔も上品で愛らしい。ひたすら女に尽くしながら心身を磨り減らしていく山賊の一途な純情には可憐さも漂う。結局のところ「死」を介してでなければ真に触れあうことのない男と女の孤独が迫ってくる。近藤は原作の精神をみごとに伝えている。

 とりわけラストが素晴らしい。これはもう夢幻能(むげんのう)の幕切れか。原作を知る読者も深い余韻に浸らずにはいられないだろう。

新潮社 週刊新潮
2021年3月25日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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