平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。『きみがいた世界は完璧でした、が』

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きみがいた世界は完璧でした、が

『きみがいた世界は完璧でした、が』

著者
渡辺, 優, 1987-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041108505
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。『きみがいた世界は完璧でした、が』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

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■『きみがいた世界は完璧でした、が』渡辺優著 レビュー(評者:吉田大助)

 平成が終わりゆく頃、ネット上に新たな名言が誕生した。「人生無理ゲー」。
 平成という日本経済における「失われた30年」を経て、今の若者は平均賃金が最初からハードモードで、けれど少子化対策のために結婚して子供を持てとプレッシャーをかけられ、老後資金も2000万円は貯めてねと言われてしまう。人生をゲームに見立てた場合、ゲームバランスが最悪、難易度バリ高で攻略不可能な「無理ゲー」だよね、と。
 若者たちの間で高い支持を得たこの名言に対して、どんな反論が可能だろうか? そのようなビジョンを抱いてしまった人物に対して、どんな希望の言葉を紡げるものなのか。
『ラメルノエリキサ』で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビューした渡辺優は、エブリデイ・マジックな日々を綴る初エッセイ集『並行宇宙でしか生きられないわたしたちのたのしい暮らし』で、30歳を過ぎて医師に「テレビゲームを控えなさい」と言われた痛痒いエピソードとともに、ゲーム脳(=科学的エビデンスゼロのいわゆるゲーム害悪論ではなく、人生がまるでゲームのように感じられる想像力)全開っぷりを披露していた。彼女ならばどう答えるだろうか? いや、「どう答えるだろうか?」も何も、小説としての最新作『きみがいた世界は完璧でした、が』こそが、「人生無理ゲー」に対するひとつのアンサーだ。

 タイトルはなんだかそれっぽいが、いわゆるライト文芸で流行中の、ファンタジー要素ありの切ない恋物語、というノリとはまったく違う。もっとおばかだ。
 物語は、「俺」が大学のキャンパスで「美しい彼女」に告白するシーンから始まる。「あなたのことが好きです」。そのシンプルなセリフの裏には、じとーっとした自意識が張り付いている。<愚かな豚の言葉を、しかし彼女は嗤ったりしませんでした>。心の中でさらなる美辞麗句が連打され、いい男ふうのモノローグが4ページ目に突入したところで、ついに彼女が言葉を発する。
「ごめんなさい」「ていうかあの、二度目ですよね」「去年? も言ってきましたよね、なんか」「もういいんで、こういうの。何回来られても、時間取られるのもアレなんで」
 嗤われなかった理由は、呆れられてたからじゃん! どうにもこうにも読み手のツッコミ心をくすぐってくる、愛い奴なのだ、日野という名前を持つこの「俺」は。その後、所属するサバイバル・ゲーム(サバゲー)のサークル部室に帰還。自分を待ってくれていた同級生のヤマグッチに惨敗を告げ、「俺は彼女一筋だから」「うん。いや、お付き合いとかそういうのはもう、望んでない。ただ彼女を想い続けるのは変わらないっていうか」と語り出し、ここでもまた相手に(読者に)呆れられる。
 やがて明かされる運命の相手の素性は、サークル仲間でありサバゲー雑誌の表紙も飾るモデル美女・宮城絵茉、エマちゃんだ。一目惚れした理由は、「中学生のときに鬼のようにハマっていたファンタジーゲームに登場するヒロイン」であるエリナの顔にそっくりだったから。以降、エマちゃんの存在に触れるたびに、「俺」とエリナとの思い出が作中に召喚されていく。
 渡辺優が生み出す主人公はおしなべて、ヘンな欲望、ヘンな考えを持った人物なのだが、文体レベルでここまでおかしみが滲み出しているのは初めてだ。ですます調をベースに、時おり「じゃないですか」という語尾を伴って現れる一文一文が、楽しくってたまらない。
 故郷を離れて東京で一人暮らし、大学以外はコンビニバイトに時々サバゲーな日々。熱烈片想い中ではあるもののなんだかんだ言って平穏な日々を揺るがすきっかけは、エマちゃんのSNSに近づいてきたストーカーの存在だった。「死ねビッチ」を皮切りに罵詈雑言コメントを寄せる、ユーザーネーム『シ』。その正体を突き止めて、悪逆非道な行いをやめさせるために、「俺」はイケメン顔で立ち上がる。
 そのために放った一手が、主人公の思考回路と、本作のおかしみを象徴している。すなわち──実家でひきこもり中のザラキこと大崎に、ハッカー的な情報解析を依頼し、彼の活躍を期待する。なんたる他力本願! という感想だけでは終わらない。
「え……無理だよ。普通に」
 ザラキは別に、ネットに強いわけではなかった。ゲーム脳な主人公の妄想により、「ひきこもりのオタク=ハッカー」という図式が勝手にできあがっていただけなのだ。とはいえザラキとヤマグッチの協力を得られたことで、ネットストーカーの正体究明作戦は少しずつ進展し……と、物語は進んでいく。
 著者はデビュー作の頃から、物語の中にミステリーの要素を潜ませてきた。今作では、「意外な犯人像」という一点にミステリーのサプライズが炸裂している。その展開の先で、冒頭で紹介した「人生無理ゲー」に対するアンサーが現れる。そこで採用されているアイデア、用いられたロジックは、極めてシンプルだ。しかし、シンプルだからこそ強力かつ普遍性があり、誰しもの胸に刺さるものだろう。まさか感動するとは思わなかった。まさか感動するとは思わなかったのだ! でも、めちゃくちゃ感動した。
 平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。
 渡辺優の小説は、渡辺優にしか書けないんだよなぁ。

■作品紹介

平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。『きみがいた世界...
平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。『きみがいた世界…

きみがいた世界は完璧でした、が
著者 渡辺 優
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000498/

憧れと狂気が交錯する、ノンストップ青春物語!
俺は出会ってしまった、理想の「エリナ」に――。ゲームオタクの大学生・日野は、偶然訪れたサバゲ―サークルの新歓で、中学時代に熱中していたゲームのヒロイン・エリナにそっくりな宮城絵茉(エマ)に恋をした。二度告白するも振られ、今後は彼女を遠く見守ることを決意するが、そんな折彼女に害をなすストーカー犯が現れる。はじめはSNSに彼女の悪口を書き込むだけだったが、次第にサークルの部室に盗撮写真をばらまいたりと行動をエスカレートさせる犯人に怒っていた日野は、彼女の涙を見てついに決意する。俺が絶対に犯人を見付けて懲らしめてやる――。調査のため部室に監視カメラを仕掛け、犯人と思しき男のいる大学に潜入したりと、次第に暴走していく日野はサークルで孤立するが、ついに犯人を発見。その正体は意外なもので――。憧れと狂気が交錯する、ノンストップ青春物語!

■『きみがいた世界は完璧でした、が』試し読み

平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。『きみがいた世界...
平成の名言「人生無理ゲー」のアンサー・ノベル、令和に爆誕。『きみがいた世界…

澄んだ双眸、芸術的な曲線をえがく横顔。女神のような彼女に、俺は運命的な恋をした――渡辺優『きみがいた世界は完璧でした、が』試し読み(1)
https://kadobun.jp/trial/kskg/4sxoqdr4htkw.html

KADOKAWA カドブン
2021年03月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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