『高瀬庄左衛門御留書』
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新鋭による圧倒的完成度の歴史長編
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
五十歳を前にして妻の延(のぶ)を亡くした高瀬庄左衛門は息子の啓一郎夫婦と同居する神山藩の郡方(こおりがた)づとめである。父子の職禄を合わせても五十石相当の身代で、それも半ばは藩に借り上げられている。休みの日の楽しみは墨一色で描く写生だけだ。
啓一郎は少年のころ、藩校・日修館の俊才として知られていたが、講義を受け持つ助教の考試で次席に甘んじ、その職を得られなかった。その後、鬱々とし妻の志穂にも辛く当たる。庄左衛門はそれを不憫に思っていた。郷村廻りのさなか、事故で命を落とした啓一郎の四十九日を待って志穂に離縁を申し渡した庄左衛門だったが、すでに実家に身の置き所のない志穂は「身過ぎのために絵を習う」という名目で弟の俊次郎とともに庄左衛門のもとに通うようになる。
志穂の弟、秋本宗太郎の素行を心配した姉は庄左衛門に相談し、その探索に二八蕎麦の役者絵のような半二という男を使ううちに、神山藩の御家騒動に結び付いていく。味方のひとり、目付役・立花監物(たちばなけんもつ)の弟、弦之助は、かつて啓一郎が次席に甘んじたとき首席だった神童であった。
身寄りのない小藩の老下級武士が騒動に巻き込まれる物語といえば、何か他の作品を思い浮かべるかもしれない。だがデビュー二作目とは思えない、完成された文章から滲み出るのは何とも言えない艶だ。
苛烈ではないが静謐(せいひつ)でもない。物語は躍動しているのに登場人物はみな静かだ。様々な仕掛けが結末に向かって回収されていく見事さにため息が出る。取るに足らない人生などない。すべてがなくなったと諦めていたはずの庄左衛門にも、三途の川を渡るまで新しい日々は続く。