『テスカトリポカ』
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鬼才が放つクライムノベルの新次元
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
麻薬カルテルに支配されたメキシコ北西部の街クリアカン。その地で育った少女ルシアは南のアカプルコに流れ日本に。やがて川崎でヤクザの土方と結婚し、一子コシモを産む。羽振りのよかった土方は凋落し、ルシアは忌避していた麻薬に溺れる。ネグレクトされながらも、コシモは並外れた身体を持つ少年に育っていくが、ある事件を起こす。
一方、メキシコ北東部の街ヌエボ・ラレドを牛耳っていた四兄弟による麻薬カルテル、ロス・カサソラスは、新興のドゴ・カルテルによって壊滅。唯一生き残った三男のバルミロは逃亡に成功し、ジャカルタに流れ着く。
少年と麻薬王の転変する半生をストレートに描くのではなく、コシモの母をはじめ、バルミロの成長に多大な影響を与えた、古代アステカの神々を信仰する祖母のエピソードなどがたっぷりと挿入される。過去と現在を自由に行き来するマジックリアリズム的な手法によって、中心となる二人のキャラクターが、より鮮明に浮かび上がってくるのだ。この第一章を読むだけで、この先に展開される物語への期待感で一杯になってしまうだろう。
バルミロはジャカルタである男と出会ったことをきっかけに、麻薬帝国復活の第一歩となる新たなビジネスのために日本へ渡り、少年院を退院した十七歳のコシモの人生と交錯していく。
〈血の資本主義〉を標榜すると同時に、古代アステカの神々を信奉するバルミロ。彼に感化される純粋で孤独な青年コシモ。煙を吐く鏡を意味するテスカトリポカたる青年は、悪魔的なビジネスを構築するための圧倒的な暴力の世界で、どのような役割を果たすのか。佐藤究の作品世界は指数関数的に大きく広がっていく。いやはや凄いものを読んだ。