『前夜』のできる〈前夜〉の話 森晶麿
[レビュアー] 森晶麿(作家)
三月に刊行される『前夜』は、密室で死んだ兄は必ず甦ると信じた少年が、兄に代わり映画スターの階段を駆け上がる、という風変わりな内容の青春大河ミステリだ。
裏テーマを考えれば「令和初のポストトゥルースミステリ」なんて惹句(じゃっく)が浮かぶが、引きがなさそうなので表には出ないだろう。表としては、美男子兄弟による俳優版『タッチ』みたいな感じで愉しんでいただければよい。現状の仮帯曰く「切ないラストに勇気をもらう感動の長編ミステリ」だそうな。
かれこれ七、八年ほど前のこと―本当はもっと違う作品を書きたいのに、と悶々と考えている時期があった。当時発表した作品が不本意だったわけではない。求められたポジションで、最善を尽くしてきたし、至らないことがあっても、それも含めて自分の作品と言い切れるものを書いてきた。
だが、「書きたい」のど真ん中にあるアイデアの大半が、自分の立ち位置では求められない種類のものだったのも事実。読み手の要望と書き手の欲求をどう折衷させるべきか。それがわからぬまま何年も経ってしまった。
その間、支えだったのは「書きたいイメージを持ち続けていると、そのうち題材もチャンスも寄ってきて書ける環境が整ってきますよ」というとある編集者の言葉だった。正確ではないだろうが、だいたいそんなことをその人は言った。
需要を意識しつつ「書きたい」をやり切るのは、やってみると簡単ではなかった。だが、諦めず気持ちを持ち続けたおかげか、その二律双生がようやく実現できたかもしれない。必然というべきか、書きたいものを持ち続けよと助言してくれた編集氏との二人三脚によって。
この奇妙な物語は読者にどう届くのだろう? できれば、真夜中に読み終え、表紙のタイトルを見つつ、明日何食べようとか何気ないことを考えてみてほしい。もしかしたら、その夜はあなたにとって何かが始まる「前夜」かもしれない。