言葉をもみほぐす 赤坂憲雄、藤原辰史著 新井卓・写真 岩波書店

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言葉をもみほぐす

『言葉をもみほぐす』

著者
赤坂 憲雄 [著]/藤原 辰史 [著]/新井 卓 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784000229753
発売日
2021/02/13
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

言葉をもみほぐす 赤坂憲雄、藤原辰史著 新井卓・写真 岩波書店

[レビュアー] 長田育恵(劇作家)

 民俗学者と歴史学者による往復書簡は、切なる願いに満ちている。2019年6月から20年11月まで毎月交わされた18編は、感染症の流行や日本学術会議の任命拒否などの問題の中で紡ぎ出された言葉だ。これらの災禍は今に始まったことではない。ふたりは東日本大震災後の泥の海、放射性物質が降り積もる土壌に降り立ちながら語り始める。言葉の力が及ばない無力感に打ちのめされ、それでも静かに顔を上げて。

 手紙は、今なお言葉に何が出来るのかという命題のもと、境界を侵犯し、共鳴しあい、ときには柔らかく視点を変えながら綴(つづ)られていく。相手の言葉に、記憶が呼び覚まされることも。

 東北でフィールドワークを行ってきた赤坂さんは、津波で舐(な)め尽くされたエリアで、現在は巨大な橋が架けられている景色を前に、かつてそこに暮らしていた女性の囁(ささや)くような声を書き留める。地にひっそりと根を下ろした民俗知を宿した声は、このコロナ禍の分断の時代を経てかき消えてしまうかもしれない。赤坂さんは今こそ臨床の声に耳を澄ませ、拾い集めていくことで言葉の戦いを継続される決意を秘める。

 藤原さんは未来を過剰に見通そうと逸(はや)る心を戒める。不透明な時代だからこそ人は大文字の言葉に簡易的な安堵(あんど)を見出(みいだ)したくなる。だからこそ目を落とす。震災後の泥にあった瓦礫(がれき)と亡骸(なきがら)。自然界の土は永い時間をかけて解毒と分解を進めるが、藤原さんはこの土壌を言の場(コトノバ)として、先駆者や仲間、そしてこれからやって来る人たちをも招き入れ、解毒を進めようとする。

 人と土に深く根差したふたりの間を行き交う言葉は、言葉に携わるすべての者の胸を衝(つ)く。たとえ無力感にさいなまれようとも、それぞれが自分の持ち場・やり方で戦いを続けていく。そんな至誠に連なりたいと静かな勇気を与えられる。各書簡のあいだには新井卓さんの静謐(せいひつ)な銀板(ダゲレオ)写真(タイプ)も挟まれる。見えない土に繋(つな)がり、営みの気配を伝えるモニュメントのように。

読売新聞
2021年3月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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