江戸東京名所事典 笠間書院編集部編 笠間書院

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古地図で辿る歴史と文化 江戸東京名所事典

『古地図で辿る歴史と文化 江戸東京名所事典』

著者
笠間書院編集部 [編集]
出版社
笠間書院
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784305709356
発売日
2020/12/26
価格
2,530円(税込)

書籍情報:openBD

江戸東京名所事典 笠間書院編集部編 笠間書院

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 コロナ下の運動不足解消のため、ときどき雑司ヶ谷や青山の墓地へ歩きに行く。都心の空は案外広くて、道端に小花が咲いている。出会うのは犬を散歩させている人だけ。愛読する作家達(たち)の墓に詣で、合掌してから歩き去る。

 幕末に発行された地図「江戸切絵図」で見ると雑司ヶ谷一帯は畑、青山は大名屋敷である。共同墓地は明治初年に開設された。周辺の町には江戸の道がかなり残っている。

 本書は「江戸切絵図」と今の地図を見比べながら、幕末に出た地誌「江戸名所図会」の記事を現代語で読ませる一冊。書物型のタイムマシンだ。今の東京に江戸時代の何が残っているかと問われたら、「道と伝説」と答えたくなる。

 ぼくは江戸の北西端、大昔、山腹の洞窟から阿弥陀(あみだ)如来像が見つかったという神社の近くに住んでいる。本書を読んで、山の手にはよく似た伝承が多いのを知った。地中や川から観音像や不動尊が出現し、各地に寺社がたてられたらしい。

 江戸にはまた、日本各地の名所が呼び寄せられた。護国寺は京都の清水寺、寛永寺は延暦寺で、不忍池は琵琶湖の見立て。深川にはかつて三十三間堂があった。十二所権現社は熊野、亀戸天神は太宰府天満宮の似姿。寄り合い所帯の大都市に、京都の疑似体験や故郷への郷愁を満たす装置があったのだ。

 京都と東北の間に江戸があることの意義も再認識した。奥州を攻めた源義家、源頼朝が通過するさいに船をつなぎ、戦勝祈願をした伝承地がある。そしてもちろん、江戸の総鎮守神田明神には東国の英雄、平将門が祀(まつ)られている。

 本書が語るしばしば荒唐無稽な伝説は、目立たない神社仏閣や旧跡がかつては光り輝いていたことを告げる。「江戸名所図会」は東京の街角に見えない案内板を設置してくれているのだ。江戸の名所ガイドと地図を兼ね備えた本書を携えて、過去の幻を探しに行こう。

読売新聞
2021年3月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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