熊楠 安藤礼二著 河出書房新社

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熊楠: 生命と霊性

『熊楠: 生命と霊性』

著者
安藤礼二 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309028491
発売日
2020/12/26
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

熊楠 安藤礼二著 河出書房新社

[レビュアー] 尾崎真理子(早稲田大学教授/読売新聞調査研究本部客員研究員)

 19世紀末の大英博物館で欧米の先端知識に浸り、帰国すると一転、紀州の森で粘菌の生態から宇宙大の「曼陀羅(まんだら)」を独創した。

 その破格の生涯はすでに鶴見和子著『南方熊楠』、中沢新一著『森のバロック』という名著を生んだ。脱領域的な学問の喜びと苦闘を引き受けてこそ、この思想家の像が見えてくる。安藤礼二氏の評論『熊楠』もこの流れに続く。

 南方曼陀羅の発生はどの時点からだったか。著者は1893年、シカゴ万博で併催された「万国宗教会議」を指さす。同時に、近代日本思想、哲学の真の出発点としてこの会議を据える。参加した真言宗代表、土宜法龍は、やがて熊楠が<森羅万象すなわち曼陀羅なり>と思索を書き送る、またとない理解者となる。臨済宗代表、釈宗演は鈴木大拙の師。この時、宗演の演説原稿を英訳した大拙は、会議で討議された「霊性」を半世紀かけて深め、『日本的霊性』を著すに至るのだ。

 共に日本の学制に収まらず、早々と海外に出立したシカゴの大拙とロンドンの熊楠は、書簡を交わした形跡もある。著者は二人を両極に対置し、同時代の人脈の地下茎をたぐり寄せていく。熊楠は柳田国男へ、大拙は西田幾多郎へ、惜しみなく海外の知見を書き送った。その先に折口信夫、井筒俊彦の展開もあった。

 紀州に残る洋書群からは近代思潮の脈絡をさかのぼり、熊楠を「粘菌」に向かわせたのは古生物学者コープの進化論、「曼陀羅」はブラヴァツキーの神智学、「潜在意識」はマイヤーズの心霊学――3氏の著作を重要な源泉だと特定する。つまり熊楠は、<近代が可能にした新たな「科学」を利用しながら、中世以降の信仰原理(曼陀羅)を読み替え、そのことによって心・物・人間・自然・神という理念を再編成したのである>。

 熊楠のはてしない森に著者が踏み入って30年。本著の成果は、未来へ向けた探索の流れをさらに加速するだろう。

読売新聞
2021年3月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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