読みものとしても楽しめる「スグレモノ」の読書ガイド

レビュー

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中古典のすすめ

『中古典のすすめ』

著者
斎藤美奈子 [著]
出版社
紀伊國屋書店出版部
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784314011525
発売日
2020/08/28
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

読みものとしても楽しめる有益な読書ガイド

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

「偏見なき思想は香りなき花束である」あるいは「花には香り、本には毒を」。いずれも、『悪徳の栄え』(マルキ・ド・サド)をはじめとして学生時代に愛読した個性的な本の版元、現代思潮社(現・現代思潮新社)の宣伝コピーだった記憶がある。

 尖ったところのまるでない凡庸な本ほど退屈なものはない。世の中に出回っているのは、実はそうした本が多いのだが、その特徴は、どのようにでも解釈できる曖昧模糊とした言い回しを多用している点にある。『中古典のすすめ』はその対極にあり、誤解の余地のない明確な言葉で著者の独断と偏見が余すところなく開陳されている。そして何より嬉しいことに、その独断と偏見のほとんどを僕も共有しているのだ。

 本書では、「中古典」四八点の「名作度」と「使える度」を判定している。中古典とは、中途半端に古いベストセラーを意味する著者の造語で、一九六〇年代の住井すゑ『橋のない川』から九〇年代のロバート・ジェームズ・ウォラー『マディソン郡の橋』までが取り上げられている。

「名作度」はいちおう客観的に考えた本としての価値、「使える度」はあくまでも主観的に読んでおもしろいかどうか、響くかどうかだそうだ。いずれも、星印で表され、名作度の三つ星は「すでに古典の領域」、二つ星は「知る人ぞ知る古典の補欠」、一つ星は「名作の名に値せず」(何と小気味のよいことか)、使える度の三つ星は「いまも十分読む価値あり」、二つ星は「暇なら読んで損はない」、一つ星は「無理して読む必要なし」といった具合だ。巻頭に置かれた『橋のない川』は、どちらも三つ星だが、大方の人もおそらく同じ意見だろう。

 大学に入った年に中根千枝『タテ社会の人間関係』が刊行された。友人が「なかなか深い本だぜ」と評したので早速買って読んでみたが、何が深いのかさっぱり訳がわからなかった。「資格と場」や「ウチとヨソ」という概念も定義が曖昧で途中で読む気が失せた。結果的に一〇〇万部を超えるベストセラーになったので、その時から、ベストセラーは優れた本とは限らない、という僕なりの確信が生まれた。著者は、「どこが名著かわからない」と、「名作度」「使える度」ともに一つ星をつけている。快哉を叫びたい気持ちだが、刊行当時に誰かがそう喝破してくれていたらもっとよかったのに。

 全く同じような感想を持ったのが、やはり学生時代に出たイザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』だ。日本人は水と安全はタダだと思い込んでいる、という話を軸に一見もっともらしいお説教を垂れ流す(著者は、「与太話」と一刀両断する。お見事!)。僕は、学生時代から歴史に興味を持っていたので、読み始めて間もなく胡散臭さに耐えきれなくなった記憶があるが、本書が三〇〇万部も売れたと聞くと絶望的な気持ちになる。イザヤ・ベンダサンは山本七平の筆名だが、なぜ、わざわざ神戸生まれのユダヤ人と仮装する必要があったのか、自説を開陳したいのなら堂々と本名で書けばよかったのではないか。著者の評価はどちらも一つ星である。当然であろう。

 そのほかの、著者の評価の低いどちらも一つ星の作品をあげておこう。遠藤周作『わたしが・棄てた・女』、土居健郎『「甘え」の構造』、井上ひさし『青葉繁れる』、小池真理子『知的悪女のすすめ』、鈴木健二『気くばりのすすめ』、渡辺淳一『ひとひらの雪』、盛田昭夫・石原慎太郎『「NO」と言える日本』、中野孝次『清貧の思想』がそれだ。

『気くばりのすすめ』には、「まるで酔った上司のお説教」、『「NO」と言える日本』には、「バブル期日本の過信と誤謬」、『清貧の思想』には、「バブル崩壊期の典雅な寝言」という、いずれも言い得て妙なタイトルがつけられている。「(『清貧の思想』は)『気くばりのすすめ』の高級バージョン。どこが高級かといえば、固有名詞が文人寄りの点ですかね」。こういった粋なコメントに、著者の真骨頂が読み取れる気がする。

 司馬遼太郎『この国のかたち』は、どちらも二つ星だ。「『街道をゆく』が地理的な観察に根ざした随想なら、『この国のかたち』は歴史に取材した随想である」、「『……と聞いたことがある』など、伝聞の形で人に責任を押しつけながら断定的にモノをいうのが司馬の得意技なのだ」、「世界を支配するような思想も人物も生まなかった、小国としての幸運と誇り。小国であった日本の歴史を、彼はプラスにとらえるのだ。その瞬間、劣等感は優越感に変わる。名づけるならば『自尊史観』」。著者は、司馬の本質をよくとらえている。そして、司馬の死後、この自尊史観が最悪の形で歴史修正主義に利用されたと指摘する。「ネトウヨ(ネット右翼)」の源流である歴史修正主義者が司馬史観の後継者を標榜するようになったと。しかし、「学徒出陣で満州に送られた体験を持つ司馬は、先の戦争も当時の価値観も、徹底的に嫌悪し、否定していた」のである。著者の筆はほぼここで止まる。これだけ切れ味のいい評論が書ける著者にとっても、司馬の評価は難しいということなのだろう。

 著者が、『橋のない川』のほかに、ダブル三つ星をつけている作品は次の通りである。山本茂実『あゝ野麦峠』、北杜夫『どくとるマンボウ青春記』、鎌田慧『自動車絶望工場』、灰谷健次郎『兎の眼』、橋本治『桃尻娘』、堀江邦夫『原発ジプシー』、森村誠一『悪魔の飽食』、黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』。

 僕はダブル三つ星本の評価より、ダブル一つ星本の評価の方により強くシンパシーを感じるが、そこは個人の嗜好の問題だろう。ともあれ、とても有益な読書ガイドであるばかりでなく、読み物としても十分楽しめる「スグレモノ」の一冊である。

紀伊國屋書店 scripta
no.58 winter 2021 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

紀伊國屋書店

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