初の時代小説シリーズに挑戦。未踏の地に一歩足を踏み出し、そしてシリーズを書き終え、完結した今の心境を著者が語る

エッセイ

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さらさら鰹茶漬け 居酒屋ぜんや

『さらさら鰹茶漬け 居酒屋ぜんや』

著者
坂井希久子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758443975
発売日
2021/03/30
価格
660円(税込)

書籍情報:openBD

特集 坂井希久子の世界

[レビュアー] 坂井希久子(作家)

「居酒屋ぜんや」シリーズ完結記念エッセイ

 このシリーズの第一巻目『ほかほか蕗ご飯』が刊行されたのは、奥付によると二〇一六年六月のこと。原稿が手から離れた直後に、全身が蕁麻疹で腫れ上がって寝込んだことを覚えている。角川春樹社長直々に「次は時代物のシリーズを書かないか」と打診され、勢いで「やります!」と答えたものの、不安でたまらなかったのだ。 なにせそれまでは現代を舞台にした物語ばかり書いていたので、時代物の知識がまるでない。しかもシリーズ自体がはじめてで、「全十巻で!」というオーダーが果てしなく遠く感じられた。真っ暗で道があるかどうかも分からない未踏の地に、一歩足を踏み出す感じ。それでも締め切りは否応なくやってくるので怖気づいている暇はなく、無我夢中で駆け抜けてきた。 振り返ってみると、約五年。あっという間であった。「えっ、もう十巻?」と、自分でも驚いている。時に躓きそうになりつつも、どうにか走り抜けてこられたのは、読者の皆さんの応援のお蔭はもちろんのこと、林只次郎という登場人物の役割によるところが大きい。 実は「美人女将がいる居酒屋」という舞台設定までが、角川社長のご依頼だった。ではそれを、どう面白おかしく動かしてゆくか。頭を悩ませながら、武士でも登場させてみようかと考えた。 調べてみると、武家の次男以下の子弟は厄介と呼ばれる不遇の存在だったようだ。そういう報われない立場って好みだから、旗本の次男坊としようか。さて名前は―、ただの次男坊だから、只次郎! と思いついた瞬間に彼が「はい、呼びました?」と、飄々とした有様で振り返ったのである。 ああ、君が出てきてくれたのなら、書けそうだ。私は彼の襟首をむんずと掴み、主役の座に座らせた。かくして美人女将お妙とのダブル主人公という流れができ上がったのである。 シリーズ初期の読書サイトのレビューを見ると、頼りないだのお子ちゃまだのと只次郎の評価は散々だが、彼がはじめから頼りになる男だったらおそらく五巻までに話は終わっている。只次郎が悩んだり痛い目を見たりしつつ少しずつ成長してくれたからこそ、どうにかこうにか十巻まで書き終えることができた。 いやぁ、成長したね、只次郎。でも実はなにも変わってないんじゃ? と不安にさせてくれるところも彼らしい。お妙さんも己の呪縛を破ることができたようだが、どうだろうか。ともあれおめでとうと、二人には作者から祝福の言葉を贈っておこう。 さて、シリーズ完結! などとうたってこうしたエッセイまで書いておきながら、読者の皆様はすぐにまた、「ぜんや」の面々と再会することになると思う。お妙と只次郎には主役の座を下りてもらって、次は別の人物が―。 「え、なんだい。アタシかい?」と、今振り返ったのはお勝さんか。いや、あなたではない(それはそれで面白そうだが)。十巻目にして初登場の人物を主役にして、初夏から「ランティエ」誌上にて、居酒屋ぜんやシリーズ新章スタートですよ。乞うご期待!

 ***

【著者紹介】
坂井希久子(さかい・きくこ)
1977年和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。2008年「虫のいどころ」で第88回オール讀物新人賞を受賞。2015年『ヒーローインタビュー』が「本の雑誌増刊 おすすめ文庫王国2016」のエンターテインメント部門第1位に選ばれる。2017年『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』で第6回歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。著書に『小説 品川心中』『花は散っても』『妻の終活』『ウィメンズマラソン』などがある。

坂井希久子

角川春樹事務所 ランティエ
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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