待望の新シリーズがいよいよスタート!! 物語の出発点と、主人公が生まれる瞬間とは!?

エッセイ

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くら姫 出直し神社たね銭貸し

『くら姫 出直し神社たね銭貸し』

著者
櫻部由美子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758443982
発売日
2021/04/15
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

小特集『くら姫 出直し神社たね銭貸し』刊行記念エッセイ

[レビュアー] 櫻部由美子(作家)

『くら姫 出直し神社たね銭貸し』刊行記念エッセイ

大阪市の北西部に、「やりなおし神社」と呼ばれる社がある。本当の名は姫嶋神社。その縁起は古く雄略天皇の時代までさかのぼる。ご祭神の阿迦留姫命は、思い切りのよい女性だったらしい。新羅王子である夫に愛想をつかし、逃亡先の日本で、女たちに機織りや裁縫などの技術を教えた。離婚までして人生を果敢にやり直した阿迦留姫の姿は、古代の女たちの目に眩しいものとして映ったのではなかろうか。

 令和の世になっても、人生をやり直したいと願う女性が姫嶋神社を訪れる。可愛い御朱印はもちろん、ここには風のお供えという珍しい作法もある。献風台の前で扇子の風を送り、風車を回すことで神さまから良き風を授かることができる。新しくことを起こそう、あるいは成し遂げようと思うとき、背中を押してくれる良き風は有難いものだ。

 今回刊行の運びとなった『くら姫』では、貧乏神を祀る神社が物語の出発点となっている。主人公のおけいは、不運な遍歴の果てに辿り着いた「出直し神社」で働き始める。この神社では、たね銭貸しをしている。たね銭とは商売などの元手となる縁起の良い金のことで、借りたたね銭は倍にして返さなくてはならない。出直し神社には、様々な事情を抱える者が、たね銭を求めてやってくる。うしろ戸の婆と名乗る不思議な老婆が、彼らの生い立ちや願望を聞き出し、壊れた琵琶の中からたね銭を振り出す。たね銭の額は求める者によって違う。通常はお守り代わりに一文、二文を授かるだけだが、貧乏神が見込んだ者には、小判が貸し出されることもある。おけいは大金を借りた美女の相談相手として出向き、茶屋に改装された古い蔵の秘密を解き明かすことになる。

 おけいは生まれたときから不運を背負って生きてきた、いわゆる薄幸の少女だ。しかも美少女ではない。目が左右に大きく離れ、口は大きく、十六歳にしては背も低すぎる。跳ねるように走り回る姿がアマガエルそっくりだと評されることもあるが、おけいはめげない。奉公先のお店が次々と倒れ、寺の軒先を借りて寝ることになっても、誰かを恨んだり己を嘆いたりはしない。常に真っ直ぐ前を向き、自分の役目を果たそうとする。そして出会った人々の手助けをし、出直し神社へと帰ってゆく。物語を書き進めながら、私の頭の中に懐かしい邦画が浮かんだ。若い方はご存知ないかもしれないが、なぜかフーテンの寅さんが、おけいと重なって見えたのだ。その理由については、是非『くら姫』を読んでご推察いただければ嬉しい。おけいも寅さんのように、これから沢山の人々と出会い、その幸せを見届けてもらいたいと願う。

 たね銭貸しがいつどこで生まれた風習なのかは定かでない。おそらく凶作の年に種籾まで食い尽してしまった農民へ、金銭を貸し与えたことが始まりではないかと思われる。井原西鶴の『日本永代蔵』に、泉州水間寺でたね銭一貫文(約二万円)を借りた男の話が出てくるので、少なくとも元禄期には一般に知られた風習だったのだろう。残念ながら現代日本に気前良くたね銭を貸してくださる神さまはいないようだが、各地にその名残は見られる。例えば住吉大社境内の種貸社では、商売繁盛や子宝のお守りを授かることができるので、興味のある方は訪ねてみられるのもよい。

 おけいの物語が多くの方に読んでいただけることを、そして、この一文を読んでくださっている方に良き風が吹くことを祈って――。

 ***

【著者紹介】
櫻部由美子(さくらべ・ゆみこ)
大阪府大阪市生まれ。銀行員、鍼灸師などを経て、2015年に『シンデレラの告白』で第7回角川春樹小説賞を受賞。その他の著書に、『フェルメールの街』『ひゃくめ はり医者安眠 夢草紙』。

櫻部由美子

角川春樹事務所 ランティエ
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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