日本を変えてしまった東日本大震災から10年。様々な思いを寄せながらも、負けずに前に進んでいくために、素敵なエンタメ小説を紹介していきます!

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • それでも、陽は昇る
  • 激震
  • かすがい食堂
  • アンブレイカブル
  • 雨と短銃

書籍情報:openBD

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 いまだコロナ収束の兆しは見えない状況ですが、今回もエンタメの力作を紹介していきます。

 ***

 二〇二一年は、東日本大震災から十年の節目となった。

 真山仁『それでも、陽は昇る』(祥伝社)は、阪神・淡路大震災を経験した小学校教師の小野寺が、東日本大震災で被災した遠間で応援教師になる『そして、星の輝く夜がくる』『海は見えるか』と続いたシリーズ第三弾で完結編である。

 神戸に帰った小野寺は、二つの被災地で生活した経験を活かし、どうすれば震災の教訓を後世に伝えられるのかを考え始める。小野寺の試行錯誤を通して、地元の意向より中央の思惑で進められる復興の現実、震災を語り継ぐ難しさなどが炙り出されるので、被災地の現状に触れることができる。

 小野寺が強調するのは、行政も、専門家も、被災した市民も失敗することはあるが、それを隠すのではなく正確に記録し教訓にする大切さである。災害は、いつ誰の身に起こるか分からないので、この指摘は心に強く刻む必要がある。

 雑誌記者の経験がある西村健『激震』(講談社)は、阪神・淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた一九九五年を、記者の視点から捉えている。作中の描写は生々しく、当時を知る読者は記憶が蘇るのではないか。

 戦場での取材経験もある古毛は、震災直後の神戸で見た印象的な眼の女が、父を刺殺したかもしれないと聞かされる。やがて地下鉄サリン事件が発生、オウム信者を取材する古毛は、神戸で目にした女の母がオウムに入っていたことを知る。

 著者は、好景気が終わり、日本人が信じた様々な“神話”が破壊した一九九五年を、凋落する日本の原点とする。作中には、同じ年に起きた沖縄米兵少女暴行事件、Windows95の発売への言及もあるが、沖縄の基地問題がいまだ決着せず、手軽に情報発信ができるネットが、犯罪の温床になり、差別や偏見を助長していることを踏まえれば、これらも日本の現状とリンクしている。日本がどこで道を間違ったかに鋭く切り込む本書は、再生の切っ掛けも教えてくれるのである。

 伽古屋圭市『かすがい食堂』(小学館文庫)は、激務によるケガで映像制作会社を辞め、祖母の駄菓子屋で働き始め、食堂を復活させた春日井楓子を探偵役にした連作集である。

 楓子が挑むのは、夕方に三百円を持って駄菓子を買いに来る少年の謎、女の子が野菜炒めの野菜だけを残した理由などの日常の謎で、最終話では、落としたお菓子を食べさせられるなどのいじめに遭っている女の子を救うため奔走する。

 伏線を丁寧に回収しながら、前半のエピソードを思わぬ形に反転させる作品が多く、真相が明らかになると、貧困、ネグレクト、摂食障害といった現代の子供たちが直面している問題も浮かび上がるので、謎解きとテーマの融合が鮮やかである。人情あふれる下町を舞台に、ほのぼのとした雰囲気で物語が進むだけに深刻な社会問題が際立って感じられた。

 柳広司『アンブレイカブル』(KADOKAWA)は、治安維持法違反で逮捕された四人に着目しており、予防拘禁ができる法律の危険性を描いたところは、大逆事件で処刑された大石誠之助を主人公にした『太平洋食堂』と共通している。

 小林多喜二が、蟹工船に乗っていた男たちを取材する裏で進められていた謀略を描く「雲雀」。陸軍の上官に異を唱えるなどした喜多一二(反戦川柳作家の鶴彬)に憲兵の素質があると考えた軍人に、内務省の男が近付いてくる「叛徒」。内務省の男が、同郷で秀才として名高かった哲学者の三木清を追い詰めていく「矜恃」など四作は、無実の人間を陥れようとする内務官僚と、個人の権利を圧殺する国家の横暴を訴えようとする表現者の頭脳戦、心理戦として進むだけに、著者の代表作〈ジョーカー・ゲーム〉シリーズを想起させるスパイ小説のテイストがある。ミステリ的などんでん返しの中に、小林多喜二や三木清が国家により死に追いやられた裏の事情を織り込んだところは、歴史ミステリとしても秀逸だ。

 日本は同調圧力が強く、新型コロナの流行が明らかにしたように、この傾向は危機になると強まる。戦争が近付き思想と言論の統制が強まった時代に、同調圧力に抗った敗れざる者たちの強さは、今こそ真摯に受けとめなければならない。

 日露戦争に敗れロシアに統治された日本を舞台にした歴史改変警察小説『抵抗都市』と世界観が共通する佐々木譲『帝国の弔砲』(文藝春秋)は、冒険小説色が強くなっている。

 ロシア沿海州に移民した開拓農民の次男・小條登志矢は、日露戦争の勃発で敵性国民とされ、一家で収容所に入れられた。日露戦争の終結で収容所を出た登志矢は、鉄道の技師を養成する少年工科学校に入学し優秀な成績を収めるが、第一次世界大戦の勃発で最前線に送られた。ここから物語は、新兵器が次々と導入される戦場をリアルに描く戦争小説になり、特殊部隊に配属された登志矢と戦友が危険な任務を遂行する場面は、ジャック・ヒギンズの名作『鷲は舞い降りた』を彷彿させる興奮がある。だが長引く戦争はロシア経済を直撃し、ついに革命が勃発。登志矢は内戦と諸外国による干渉戦争に巻き込まれる。

 本書で描かれる歴史は、明治政府が進めた移民政策や、第二次大戦中にアメリカの日系移民が収容所に送られたり、先の大戦後にソ連が日本人捕虜をシベリアで強制労働させたりした史実を踏まえている。国の政策が変わるたびに運命の変転に見舞われる登志矢の苦難の人生は、国家と個人の関係はどのようにあるべきかを問い掛けているのである。

 初の単行本『刀と傘 明治京洛推理帖』で第十九回本格ミステリ大賞の小説部門を受賞した伊吹亜門の新作『雨と短銃』(東京創元社)は、前作でも探偵役を務めた鹿野師光が、坂本龍馬の依頼で不可能犯罪に立ち向かうことになる。

 薩長同盟締結のため京で活動していた龍馬は、新発田藩の三柳といる時、不用意に出歩かない長州藩士の小此木を目撃。気になって後を追い村雲稲荷にたどり着くと、斬られた小此木がいた。薩摩藩士の菊水「簾吾郎にやられた」という小此木の声を聞いた龍馬は、怪しい男を追うが、鳥居が連なり途中で出入りできない一本道で姿が消えてしまう。

 密室、人間消失、ダイイングメッセージが渾然一体となった謎は魅力的で、敵味方が入り組む幕末の複雑な政治状況も真相を見えにくくしている。それだけに、著者が、時代考証を巧みに使いながら組み立てるロジックと、意外な動機はミステリ好きを唸らせ、事件の真相をいまだ諸説ある龍馬暗殺に繋げたところは、歴史小説好きも満足できるはずだ。

 パニック小説と進化SFを融合させた異色作『Ank: a mirroring ape』で第二十回大藪春彦賞と第三十九回吉川英治文学新人賞の二冠に輝いた佐藤究の三年ぶりの新作『テスカトリポカ』(KADOKAWA)は、闇ビジネスを題材にしたクライムノベルとアステカの神話が結び付く怪作である。

 暴力団の幹部とメキシコ人の母を持つ少年コシモは、両親を殺して施設に入った。その頃、麻薬組織を敵に潰されジャカルタに逃走したバルミロは、元心臓血管外科医の臓器密売コーディネーター・末永と出会い、日本で無戸籍児童の心臓を海外の富裕層に売る新たなビジネスを始めた。施設を出たコシモは、バルミロに見込まれ組織の一員となる。

 日本で犯罪組織を作ったバルミロが、「粉」の異名そのままに、敵の体の一部を液体窒素で凍らせて砕くなど、これまで見たことのないバイオレンスが連続するが、それ以上に、心臓の闇売買が、生贄の心臓を神に捧げたアステカの儀式と二重写しになるイマジネーションに圧倒されるだろう。

 力で敵を排除し、貧しい人を搾取し、グローバル市場を相手にするバルミロの臓器売買ビジネスは、肥大化する市場原理主義の暗喩であり、このような経済システムが正しいのかを突き付けていた。日本人の子供が臓器を奪われる被害者になるところは、古い産業構造に少子化と低賃金が加わり国際競争力を失いつつある日本のカリカチュアに思えた。

 翔田寛『クライム・プランナー』(ハルキ文庫)は、悪党を人知れず成敗するチームの活躍を描いている。

 高校時代に、友人をいじめていた同級生を排除した過去がある大柳は、取引先に騙され設計事務所を失った時、結婚詐欺師に騙された春奈、女性上司のパワハラに悩む明展と出会う。大柳は、二人を救うため詐欺師と上司に鉄槌を下す計画を進めるが、その方法として、作中に言及があるエラリー・クイーンが得意としたトリックが使われているのが面白く、現実では悪が裁かれないだけに痛快に思える。後半は、明展を襲い重傷を負わせた犯人の追跡に比重が移るだけに、クライムサスペンスと謎解きの両方が楽しめる。

 千澤のり子『少女ティック下弦の月は謎を照らす』(行舟文化)は、小学五年生の瑠奈を探偵役にした連作集である。

 帰宅途中で拉致、監禁された瑠奈が、脱出を試みる「少女探偵の脱出劇」。保育園時代の友人に会うため古い葉書を頼りに転居先に向かった瑠奈が、奇妙な町にたどり着く「少女探偵の自由研究」などの各話は、日常の謎が論理的に解かれるだけに、その先に置かれた社会の不条理が胸に響いてくる。各話には小さな違和感が残されているが、それがラストで収まるべきところに収まるので、爽快感が大きい。

 彩坂美月『サクラオト』(集英社文庫)は、五感を題材にしたミステリの連作集である。大学のミステリ研に所属している西崎が、何度も事件が起きている学校の跡地に密かに想いを寄せている遠藤詩織を誘い謎を解こうとする表題作。女子高生の夏帆が、弟が小さな女の子を公園のトイレに連れて行くのを目撃、弟が女の子にいたずらしている犯人ではないかと疑う「その日の赤」、紘一がクリスマスケーキが苦手な理由を、友人の空知が解き明かす「悪いケーキ」などの収録作は、構図を鮮やかに反転させることで読者の思い込みも覆すので衝撃も大きい。世の中に生きづらさを感じていたり、閉塞感に苦しんでいる登場人物の心理に迫真性があるが、ささやかな救いも用意されているので読後感は悪くない。

角川春樹事務所 ランティエ
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

  • このエントリーをはてなブックマークに追加