歴史愛好家たちが語る 「日本を造った男」蘇我馬子の魅力とは?【後編】

対談・鼎談

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覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子

『覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子』

著者
伊東潤 [著]
出版社
潮出版社
ISBN
9784267022753
発売日
2021/03/05
価格
1,980円(税込)

歴史愛好家たちが語る 「日本を造った男」蘇我馬子の魅力とは?【後編】

[文] コルク


歴史MINDトップページ

古代日本の創生地・飛鳥を舞台にした伊東潤の歴史小説『覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子』。これまでの日本史上「悪役」というイメージをつけられていた蘇我氏を、最新の歴史研究を基に再定義。国内はもちろん、国外との関係が大きく変わる中、日本の在り方を形作った蘇我馬子に焦点を当てた作品だ。

今回は約2,000名のメンバーを誇る歴史コミュニティ「歴史MIND」の中から選ばれた猛者たちに、本作を事前に読破してもらい、作品の感想と共に今後歴史コンテンツとして注目されつつある古代史について語ってもらいました。

リンク先タイトル 歴史MIND
 URL https://www.facebook.com/groups/rekishimind

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【ガチ歴史好きコミュニティ「歴史MIND」座談会メンバー】
吉田氏 会社員 鎌倉時代~室町時代好き。趣味は史跡めぐり、音楽鑑賞
陶山氏 起業家 戦国時代~江戸時代好き。趣味は愛犬との散歩
市川氏 会社員&自営業 古代、昭和好き。趣味は旅行、歴史、人形劇上映。
鈴木氏 会社員 歴史全般好き。趣味は史跡探訪、模型製作など

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仏教を宗教ではなく政治哲学として取り入れた

陶山:僕は『覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子』の中で仏教に注目しました。古代日本は、今僕たちが認識している「仏教」とは違う形でそれを活用しようとしていて、物部氏と蘇我氏が「仏教」が輸入されたことで対立を鮮明にしたという展開が、後々の(江戸幕府が)朱子学を活用したのと同じ構図だと気づいて興味深かったです。自分たちの権威付けに概念を活用するところは、現代にもあるなと思いましたね。

――それは具体的にどのようなものですか? 

陶山:データですね。データをエビデンスとして説得力を持たせた発信をすると、さも真実のように見えてくる。それを政治家や有識者が引用して発言すると、実態よりも権威に目が行ってしまうのを何度も経験していますので(笑)。この後、AIやロボットがより活用されてくると思うのですが、古代日本だと仏像がそれに当たるのかなと。

鈴木:朝廷(蘇我氏)が仏教を宗教ではなく政治哲学として取り入れた、という本作の捉え方にはとても理解できます。国内をまとめるため、そして外圧(国外からのプレッシャー)と渡り合うために、共通の価値観を持たないといけない、という判断をしたところに、当時の日本人のアンテナの広さとセンスの良さを感じますね。

吉田:ただ、仏教の捉え方について頭ではわかるんだけど、面白いだけに、個人的にはもう少し作品の中で取り上げてほしかったなという欲も出てきますね。

市川:小説というフィールドのなかで、仏教要素を押し出しても、読者に伝わりづらい、というところが伊東さんにはあったんじゃないかな。物部氏と蘇我氏の闘争は権力を巡る争いでもあるし、信教を巡る争いでもある、というところは歴史上の視点だけれど、全て取り扱うと焦点がぼやけるので。

吉田:物部氏と蘇我氏というところでいくと、物部尾輿(守屋の父)と蘇我氏がライバルとはいえ、意外と友好的な関係で描かれていたのが新鮮でした。歴史上ではもっと対立していたはずなんですけど。

市川:僕はむしろリアリティがあるように見えました。というのも、古代日本では対立している家同士でも血縁関係がある場合があるからです。守屋についても妹が馬子に嫁いでいるということもありますし(※日本書紀)、作品内のようなバチバチしすぎない雰囲気のほうがむしろ自然だったかもしれません。

吉田:その一方で、尾輿と守屋の仲が悪い(笑)。血縁関係と一口に言っても色々な距離感があっておもしろいです。

市川:一方の蘇我氏も、歴史上では内部で争いが起きていたようです。馬子の世代もあったし、その次の蝦夷や入鹿の世代でも起きています。後の源氏の中での主導権争いのようなことが、すでに古代において発生していた、ということになります。物部氏も蘇我氏も一枚岩ではない(笑)。

――しかも、作品内では天皇の後継者争いまで絡んできますね。平安末期の保元平治の乱を彷彿とさせます。

市川:今の我々からすると、馴染まない感覚ですよね。それこそ、この作品における朝廷と朝鮮との関係も、構図はわかるけど感覚としては追いつかない。今でこそ日本と朝鮮とは別の国という認識をしていますが、当時の朝鮮南側の国々と朝廷とは一体感があって、その動向が朝廷の政治方針に大きな影響を及ぼすこともありました。最終的に朝廷(日本)は朝鮮から撤退しますけど、敏達天皇や推古天皇、後々の藤原仲麻呂まで200数十年間ずーっとあの地を取り戻すんだ、と言い続けてます。それくらい積年の夢となっている場所です。

“聖人君子”の聖徳太子(厩戸皇子)は実は好戦的だった?

――伊東さんは経済要素を作品に取り入れることが多いですが、今回も「鉄」をはじめとした物資を巡る戦い、というところを押し出してますね。

市川:朝鮮との関係を感情ではなく、モノを通して描いている、ということですよね。先ほどの積年の夢の話ですが、推古天皇時に朝鮮への失地回復計画があり、その計画の主導者は厩戸皇子なんです。弟を将軍にして二回出兵する計画だったようですが、最終的には計画は実現しませんでした。厩戸皇子は平和主義というイメージがありますが、この作品のように戦いには積極的に参加しています。

陶山:小野妹子を派遣した隋との外交も、落ち着いてみてみるとかなり危険なやり方ですよね。

市川:あれもなぜ隋と対等な関係を結びたかったか、というと、隋と日本が対等になると、隋より立場の低い朝鮮諸国に対し、優位にたつことができるからです。半島は私たちのものです、ということを言いたいがための外交だったんじゃないかな。卑弥呼の「親魏倭王」の称号を得たあの外交も同じ狙いです。位攻めですね。

鈴木:飛鳥の古墳をみていて思うのは、蘇我氏の古墳(墓)が歴代みな方墳なんですよ。方墳は高句麗系の作り方であり、中国を意識した作りになっています。そして蘇我氏以降はあまり発見されていません。その一方で蘇我氏は新羅とも友好関係があり、百済ともパイプを持っていたようです。僕は、蘇我氏が日本の外交のバランサーとなっていたように感じます。

市川:本作では馬子が主導して、権力闘争や天皇暗殺などに関わっていきますが、実際の推古天皇が馬子の傀儡だったとは言い切れないんですよね。なぜそう思うかというと、推古天皇の権力を物語るエピソードがあるからです(※日本書紀)それによると、馬子は晩年、推古天皇に葛城の領土が欲しい、と言ったところ、推古に断られたそうなんです。その理由が「もしここで領土を与えたら、私は貴方(馬子)の傀儡だった、と言われてしまうから」だそうです。ここから、推古天皇が政治主導していたのではないか、と私は考えています。

――皆さん今日は有難うございました。歴史猛者の皆さんらしく、話がさまざまな方向に派生して盛り上がりましたが、最後に『覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子』に対するメッセージをそれぞれ一言お願いいたします。

陶山:青春作品だなー、と思いましたね。この先にもつながるメタファーな要素もあり、楽しんで読むことができましたね!

吉田:古代モノは名前が難しくてわかりづらく、名前アレルギーに陥る印象があります(笑)、時代背景もなじみが薄いので敬遠しがちですが、本作は登場人物を絞り込んでいて、キャラクターがしっかり名前とくっついて覚えられるので、万人が楽しめるエンターテインメント作品と思いました。

鈴木:飛鳥時代は文字通り、飛鳥が都として政治の中心になっていた時代ではあるのですが、この作品の時は蘇我氏が飛鳥の南、推古天皇は北側に位置するなどバラバラの状態でした。蘇我氏が政権を取って、次第にお寺など今に残る建築物が作られていくので、この作品を読むことで、その過程も一緒に楽しんでいただけると思います。

市川:馬子と推古天皇のお互いを想いあう関係が根底にあるところに、物語としての味がありました。単に史実をたどるのではないおもしろさが歴史小説にあると、改めて感じました。また、この作品を読んで、明治維新とこの作品の時期との間に相似性があると思いました。対外的な関係、戦争、国内情勢など様々なことが変革期に起こり、似たような構図になっていきます。幕末から明治の中で、主導者から実務者への移行がなされているような変化が、古代でも起きていると考えると、主導者が馬子、実務者が厩戸皇子と見立てることができます。現場を知っている実務者が徐々に権限を持ってきて、主導者と対立する、という構造は、不変の教訓と捉えることができるかもしれません。

CORK
2021年4月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

CORK

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