『希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉』
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“水の力”を信じ続け、銃弾に倒れた医師の生き様
[レビュアー] 渡部陽一(戦場カメラマン)
アフガニスタンの命が戦争で失われていく。同時にアフガニスタンの命は平和の力で支えることができる――。
干ばつに苦しむアフガニスタンで、肥沃な土地を生み出すための灌漑用水路の構築に人生を捧げた中村哲さん。アフガニスタンには「JAPANESE TETSU」の名前が染み込み、彼の話題を耳にすることは日常の風景となっています。
しかし、現地の村人たちも最初から歓迎していた訳ではありません。不安と不信に覆われた彼らに、中村さんは長い時間をかけて気持ちを捧げ、次第に歩みを共にしていくことができた。多民族国家であり部族制という生活慣習に生きる人々は、外部との接触体験がほとんどありません。外国人の手によって生活基盤が変わることに恐怖を覚え、皆で水を育むという夢の話を信じてもらえなかったのも当たり前のことでした。ところが、決してアフガニスタンの慣習に土足で踏み込まなかった中村哲さんや「ペシャワール会」の皆さんの姿勢が、信頼のスイッチになったと感じます。
アフガニスタンは、首都カブールなど都市部以外は、今でも自給自足。そこでは、自然災害による土地の荒廃が貧困を招き、貧困から人々が過激派組織に引き込まれてしまう現実があります。家族を養うために農作物ではなく麻薬の原料であるケシを栽培せざるを得ない人々が後を絶たず、厳しい環境の中、家族で生きられる保証はどこにもありません。そんな状況下で生きる道筋に光を灯す道標が中村哲さんだったのかもしれません。
本書を貫く「誰かが助けを必要とし、誰もそこに行かなければ、私たちがそこに行き、行動する」という誓い。中村哲さんの志、鉄の柱として打ち込まれた決意がアフガニスタンに染み込んでいく。哲さんの「志を後世へ」という願いはアフガニスタンに共有されました。
2019年12月4日、現地で銃弾に倒れた後も、水と生きる暮らしを村人が継承し、灌漑用水路の輪郭はしっかりと保たれています。表紙に見る中村哲さんの眼差しから目をそらすことができません。水に向き合い、安定した暮らしを整えていく。続ける力を信じ、継承する。自ら決断し歩み続けた圧倒的な生き様に胸が揺さぶられます。
中村哲さんがアフガニスタンでの長い暮らしから日本に一時帰国された折、あるインタビューでこう語りました。「久しぶりに湯船に浸かりたい」。柔らかくもグッと迫ってくる言葉が忘れられません。