世が世なら朝ドラに? 返す返すも惜しまれる業界での現ポジション

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生き抜く力

『生き抜く力』

著者
山田 邦子 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784396116231
発売日
2021/03/01
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

世が世なら朝ドラに? 返す返すも惜しまれる業界での現ポジション

[レビュアー] 今井舞(コラムニスト)

 タイトルを見ると「ああ、乳がんに罹った時の話かな」と推察してしまうが。その話は最後にほんの少し。頁のほとんどは、幼少期、芸能界デビュー、そして頂点を極めた、昭和の時代に割かれている。

 テープ起こしをそのまま印刷したような稚拙な文章で綴られる逸話の数々。だがこれが意外と面白いのだ。

 生まれも育ちも東京の下町。近所は皆顔見知りで、演芸場が近くにあり、歌舞伎役者や噺家などが町をウロウロ。先代の林家三平の寄席でアドリブで掛け合いし笑いを取ったりと、人を笑わせるのが大好きだった子供時代。だが、病弱な兄と年の離れた弟に挟まれ、家族から顧みられず近所の人が救いだったり。外向けの明るい顔と、デリケートな内心との間で揺れる繊細な幼少期の描写は、昭和の下町の風景と相まって、まるで朝ドラを見ているよう。馬主だった父を見て、家は金持ちだと思っていたら、中学で入ったお嬢さん学校で、本物の富裕層に囲まれ大いにヘコむ。そこでも人を楽しませる才を発揮し、あっという間にデビューが決定、トントン拍子で売れっ子に。ドラマで共演した夏目雅子に妹のように可愛がられたり、大物プロデューサーたちが著者を巡って争奪戦を繰り広げたり。「オレたちひょうきん族」に放送開始から出演し、たけし、紳助、さんまらがスターダムに駆け上るさまをつぶさに観察。川口浩や関口宏・中井貴一の父などの有名人と、父親が馬主仲間だったこともあり、点が線となり、縦横無尽に芸能界に人脈が築かれていく。飲みの相手も、タモリ、志村けん、松田優作や原田芳雄などの錚々たるメンバー。週に14本ものレギュラーを抱え、寝る暇もないほど忙しかったが、出る側も作る側も、常に全力投球だった。そんな現場のど真ん中にいた著者の視線で語られる、昭和の爛熟期のテレビ業界。

 もし、著者が今でもたけしやさんまと肩を並べるレベルで「大物芸能人」の地位をキープ出来ていたら、ホントに朝ドラ化されていたかも。だが業界リスペクト0ではそれも叶わず。せっかくの貴重なエピソード群は、やまだかつてない量の塩で、漬けられたままだ。

新潮社 週刊新潮
2021年4月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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