<東北の本棚>「曖昧な掟」の正体分析
[レビュアー] 河北新報
新型コロナウイルス禍でロックダウン(都市封鎖)の強権を発動した国が相次いだが、日本では強制されないのに国民がマスクを着用した。一方で、休業や外出自粛を威圧的な態度で他者に強いる「自粛警察」が社会問題化した。
これらの現象は日本人が「空気」を守る意識が強いことから起きる。だが、空気とは何か、実体はよく分からない。福島市で学習塾を経営し、執筆活動する著者がその正体を分析した。
著者によれば、空気とは規則や契約が明示されない「曖昧な掟(おきて)」のこと。宗教や民族、階級の共同体が少ない日本では、明確な掟は形成されにくく、人はその時々、場所で生じる空気を読み、何が正しいかを探ろうとするという。
歴史を振り返ると、国家は空気によって人々をコントロールしてきたが、乱用した時には危険な劇薬になった。太平洋戦争では、国民の間には「日本は必ず勝つ」と敗戦の可能性を口にしない空気があった。戦況が悪化しても、「一億玉砕」などの言葉で現実にふたをした。
原発の安全神話も似ている。空気は時間とともに変化して制御が難しくなり、敗戦や東京電力福島第1原発事故のような破滅的な現実が起きるまで消えなかった。森友学園問題での役人の「忖度(そんたく)」、学校のクラス内で序列をつける「スクールカースト」も構造は同じだ。結局、誰の責任かはよく分からない。
著者は、空気を守ると自分の身を滅ぼす状況に陥ったら、空気を破っていいと訴える。空気にあらがう少数意見を尊重し、不合理な空気を能動的に消していくことで、妥当な空気をつくり、掟にする。それが民主主義が熟していない日本での民主主義の在り方とみる。
支配的な主張を目にしたら立ち止まり、本当に正しいかと疑ってみる姿勢が求められるという著者の主張に、これからの時代を生きるためのヒントが隠されているように思う。(裕)
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