オルフェウス変幻 沓掛良彦著

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オルフェウス変幻

『オルフェウス変幻』

著者
沓掛 良彦 [著]
出版社
京都大学学術出版会
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784814003075
発売日
2021/01/30
価格
5,940円(税込)

書籍情報:openBD

オルフェウス変幻 沓掛良彦著

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 オルフェウスはギリシア世界最古の伝説的な詩人である。金羊毛を求める冒険の船旅に出たさい、竪琴(たてごと)をかき鳴らして海の怪物から仲間達(たち)を救った。妻エウリュディケが死んだときには、連れ戻すために冥界(めいかい)へ降(くだ)ったが、奪還できなかった。動物や樹木をも感動させる音楽家であった彼は、熱狂した女達に八つ裂きにされ、竪琴とともにレスボス島に流れ着いた首は予言を語り続けたという。

 本書は、2500年の長きにわたって文学に描かれてきた、「原初の詩人」像の変遷をたどる画期的な大著。解説つきのオルフェウス詞華集としても楽しく読める。

 古代ギリシア人にとってさえ「大昔の詩人」と認識されていたオルフェウスのイメージが、「愛に生き、愛に死んだ男」になったのはローマ時代のこと。オウィディウスが『変身物語』に描いた、人間的な弱さを持った詩人像が後世に決定的な影響を与えたのだという。

 ローマ帝国崩壊後の中世には、オルフェウスはキリスト教にとりこまれ、獣達を音楽で魅了する詩人の姿が「善き牧人」としてのキリストに重ねられた。

 ルネッサンスには異教的な詩人像が復活し、フィレンツェのポリツィアーノが牧歌的音楽詩劇「オルフェオの物語」を書いて、後に隆盛するオペラというジャンルへの道をひらいた。フランスではロンサールが長詩「オルフェ」を書き、『変身物語』を「自由訳」しながら「愛の詩人」に新たな命を吹き込んだ。

 時は流れ、リルケが連作詩「オルフォイスへのソネット」を書く。ここに描かれたオルフェウスはもはや詩人でも音楽家でもない。彼は「歌の力によって、神話的宇宙、純粋な存在を創り出す歌の神」になった。オルフェウスは「万物の中に遍在」する声になって、今も歌い続けているのだ。

 ヨーロッパ歴代の想像力の果実を堪能できる貴重な一冊である。濃密な表現の連続に酔いつつ、古今の諸言語で書かれた詩歌をしなやかに邦訳した著者の快挙に拍手した。

 ◇くつかけ・よしひこ=1941年、長野県生まれ。東京外国語大名誉教授。専門は西洋古典文学。訳書に『黄金の竪琴』など。

読売新聞
2021年4月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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