金子兜太 井口時男著 藤原書店

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

金子兜太

『金子兜太』

著者
井口 時男 [著]
出版社
藤原書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784865782981
発売日
2021/01/27
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

金子兜太 井口時男著 藤原書店

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

 無神の旅あかつき岬をマッチで燃し

 井口時男は、金子兜太(とうた)の前衛をこの一句に収斂(しゅうれん)させた。それは富澤赤黄男(かきお)の「一本のマツチをすれば湖は霧」と寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」の前衛の火を継承しつつも、「無神の旅」を言挙げすることによって、俳句の背後にある前近代の神々や近代の神と対峙(たいじ)し、それらを切断しようとしたものだ。

 しかし、兜太の魅力はその屹立(きつりつ)する前衛にのみあるのではない。前衛が往相であるとすれば、再び「衆(大衆、民衆)」のもとに戻る還相(げんそう)もあるのではないか。その還相を代表する句として選ばれた二つが、実に魅力的である。

 言霊の脊梁山脈のさくら

 大頭の黒蟻西行の野糞

 前者は「文芸の伝統では貴族のものだった「言霊」と「さくら」を脊梁(せきりょう)山脈の山賤(やまがつ)・山人(やまびと)の手元に奪回した」句であり、後者は「野卑で野放図で即物的でおおらかで取り合せが突拍子もなくてユーモラス」な句だとされる。イロニーに陥ることのない、金子兜太の野太さや荒々しさ、そしてユーモアが溢(あふ)れんばかりである。

 晩年の兜太は一茶に私淑していた。その一茶の自称である「荒凡夫(あらぼんぷ)」を用いた一句がこれである。

 谷間谷間に満作が咲く荒凡夫

 故郷秩父の谷間にまんさくの花を咲かせる荒凡夫としての兜太。この「幻想視」された世界からは、高らかな哄笑(こうしょう)とともに触れ回る声が聞こえてきそうである。春は近いぞ、と。

 金子兜太を論じるためには、対象を切り刻むような分析でもなければ、対象と一体化することでもない、絶妙の距離感が必要である。それはいわば一種の幻術であろう。句集『天來(てんらい)の獨樂(こま)』を上梓(じょうし)し、文芸批評の方法で、内部と外部から同時に迫った著者ならではの幻術に酔いしれつつ、金子兜太の没三年を記念したい。

読売新聞
2021年4月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加