川漁 越後魚野川の伝統漁と釣り 戸門(とかど)秀雄著

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川漁 越後魚野川の伝統漁と釣り 戸門(とかど)秀雄著

[レビュアー] 塩野米松(作家)

◆職漁師の文化を丁寧に採集

 山にマタギと呼ばれる猟師がいたように、川で魚を捕ることで生活を支えていた職漁師達(しょくりょうしたち)がいた。彼らはイワナやヤマメ、アユなどを捕り、旅館や料理屋の需要に応じていた。多くの人はほかに仕事を持ち、季節がくれば魚を捕った。一年を通して続けるほど資源が豊富ではなかったこともあるし、魚には季節ごとの生態があったからだ。

 熟練した技術、自然を読む目、積み重ねた経験、資源保持の掟(おきて)。それらが生業を支えてきた。川の相が違えば、技術や道具も変わる。地方ごと、流域別にそれぞれが受け継いだ文化があった。

 この本の著者は埼玉県入間市で郷土料理店を営む川漁の研究者。新潟県魚野川流域に焦点を絞り、職漁師達を訪ねて話を聞き、漁を体験し、記録を取ってきた。それが五十年に及ぶ。

 会って記録し、今回紹介した人だけで六十二人。何度も通い、メモし、写真を撮る。すでに数冊の本を上梓(じょうし)しているが、この本は魚野川の川漁の集大成である。大量で詳細なデータを話し言葉を中心にまとめたものだ。

 同業者には明かさぬ工夫や秘密も足繁(しげ)く訪ねてくる彼には話してくれた。

 宿を営み、客にイワナを提供する川漁師の目安は十日で三百匹、形のいいものをそろえた。幻の毛鉤(けばり)「キハダ芯黒」の素材はチャボとアンダラ種の交配鶏の毛を。カヤの丈が一尺五寸くらいになると、川マスが遡(さかのぼ)った。マス突きのヤスの値段は米一俵。アユ一貫目釣ると日雇い賃金の二日分。浦佐のヤナではアユを一万匹捕獲した日が三回。こんな生きた話が収められている。

 職人仕事はみなそうだが、川漁師もたくさんの職種と繋(つな)がっている。鍛冶屋、竹や藁(わら)の細工師、舟大工、魚の買い手、そうした人達(たち)の話も逃さない。鮭魚明神(けいぎょみょうじん)や川神様などの信仰、イワナのなれ鮨(ずし)やウルカ作りなどの製法。川ガニ、ドジョウ、カジカ漁も丁寧に採集してある。既に消えた漁法、暮らし、亡くなった名人達の逸話、今では聞けない話がここに残されている。

(農山漁村文化協会・4070円)

1952年生まれ。76年、「郷土料理ともん」開店。著書『職漁師伝』など。

◆もう1冊

千葉克介著、塩野米松解題『消えた山人 昭和の伝統マタギ』(農山漁村文化協会)

中日新聞 東京新聞
2021年4月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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