「読めば一生、この恋愛を忘れられなくなる」 各誌が絶賛したファンタジー長編の著者・沢村凛が語る

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「読めば一生、この恋愛を忘れられなくなる」 各誌が絶賛したファンタジー長編の著者・沢村凛が語る

[文] 新潮社


ソナンと空人

読み出したら止まらない、異世界ファンタジーの登場だ。――小谷真理(「日経新聞」2020年10月29日夕刊)

毎回「そうくるのか!」と驚きの連続だ。――瀧井朝世(「週刊新潮」2020年11月26日号)
政、罪と報い、揺れながらの成長……作者がこれまでに描いてきたモチーフの集大成が詰まっている。――卯月鮎(「SFマガジン」2021年1月号)

読めば一生、この恋愛を忘れられなくなる。――吉田大助(「小説現代」2020年12月号)

 各紙誌で絶賛された沢村凛6年ぶりの新作「ソナンと空人(そらんと)」(全4巻)は、執筆4年、原稿用紙1800枚の大長編となった。名将軍のひとり息子・ソナンは退廃した生活の末に、深い川に沈み死に瀕する。だが、朱く長い髪をもつ空鬼(そらんき)によって、名も知らぬ異国へと落とされる。空人(そらんと)という新しい名前と土地を与えられ、領主としての使命感で精力的に奔走する。心から信頼する妻や家臣とともに、充実した生活を送る空人だったが――。

 生きる意味とは何か、政治と個人との関わり合い、親子の断絶……。書かれているテーマは普遍的でいて現代的でもある。骨太な異世界ファンタジーはどのようにして生まれたのか、著者・沢村凛さんに聞いた。

 ***

――「ソナンと空人」シリーズは、どのようにして生まれたのでしょうか。

沢村 10年以上前に、担当編集者から『瞳の中の大河』『黄金の王 白銀の王』のようなファンタジー長編を書いてくれないかと依頼されたんです。そのときに「3年後でもいいので」と言ってくださったので気が楽になって、それなら書けるかな、と。

――執筆は順調に進みましたか?

沢村 それが……。先にお約束していたいくつかの原稿にそれぞれ長い時間がかかってしまって、この作品にとりかかれる状況になったのが6年前。誰かが待っていてくれなければ書けないけれど、年月が経ってしまったので、待っていてくれるのだろうか、とすごく心細くなりました。新潮社の賞でデビューしたということもあり、担当編集者や、担当ではなくても繋がりのある編集者が何人もいます。なかでももっとも長い付き合いだった編集者に励ましていただき、それを心の糧にして書き始めました。

――書き始める前に不安があったのですね。

沢村 私の場合、ファンタジー作品は書く前にすべてのストーリーが頭のなかにできているんです。でも、「執筆」は頭のなかで動いているときとはまた違った、すごく大変な作業になるので、その前にどうしても怯んでしまいます。

――すべてのストーリーが頭のなかにあるんですか? ラストまで?

沢村 はい……。

――頭のなかでどのように生まれて、動いていくものなのでしょうか。

沢村 最初になんとなく実在感のある登場人物のあるシーンが浮かんだら、それを追いすぎないように眺めて、「これからどうなるのかなあ」と思いながら、時間をかけて見ていく感じです。

――そのシーンとは、冒頭のソナンが川に沈む場面ですか?

沢村 そうです。ちょっと引かれてしまうような話かもしれないのですが、考えるのではなく、つかず離れず、彼がどうするのかな、どうやってここまできたのかな、とぼんやり追っていく感じです。たまに袋小路に入るとちょっと引き返しますが(笑)。

――日常生活のどのような時間をそれに使うのでしょうか。

沢村 ぼーっとしているときとか、お風呂に入っているとき、寝入りばなとか。そういうなんでもないような時間がたくさん必要なので、傍から見たら「何もしていない人」なんですよね……。

――これまでの作品もそのようにして生まれたのですか?

沢村 デビュー作『リフレイン』も、小説を書こうと思うより前に、難破した船から投げ出されて海で溺れている人たちが、どうにか岸に辿り着いて、サバイバルを始める光景が思い浮かびました。あの作品はメッセージ性が強いようで、死刑制度の問題を書きたかったのでしょうと言われることが多いのですが、私としてはそのつもりはまったくなくて、彼らの社会を追っていくうちに出来事が積み重なっていって、小説にすることを決めたんです。

――本作も、今の日本の政治についての思いなども反映されているのかなと感じたのですが、そうではないということですか?

沢村 ないですね。でも、自分のなかの問題意識はおのずと出るだろうなとは思います。私にとっては、小説は政治風刺のための場ではありませんが、政治も含めて「世の中」ですので、そこへの思いが自然とにじんでくるのだと思います。

――主人公のソナンについて、ダメ男が英雄に成長したと捉える人と、まったく成長していないという人と、賛否両論あるように思いました。

沢村 私の小説はずっと、主人公が成長しないと言われ続けてきました。「教養小説(ビルディングスロマン)」とは主人公の内面の成長を描いた作品を指しますが、私の小説は「反教養小説」「非教養小説」などと表現されたこともあります。これまでお話しした通り、すべて意図したことではないのですが。

――反教養小説と評されることについてはどう思われましたか?

沢村 当時は「教養小説」という言葉さえ知らなかったので、「どういうことだろう?」と不思議に思うだけで……。

 私のファンタジー小説はおもに中世以前の社会が舞台です。現代では、自分を客観視できることは当たり前で、世の中にはさまざまな価値観があり、それを自ら選び取ることも当然とされています。でも、当時はそうではないんですよね。

 例えば、江戸時代以前くらいまでに生きた人には、家庭や社会で与えられた厳然とした役割があって、それ以外の価値観を自分から選ぶなんてことは、よほどの事態です。そんな状況にある人が追いつめられて試行錯誤し、現代人ほど合理的な思考はできなくても、なんとか役割の「殻」を破る、そういうことは当時もあったのではないかと思います。『瞳~』の主人公のように、頑固で最後まで変わらないようにみえる人物たちも必死で役割の殻を破ったのではないかと思うのですが、成長したように見えていなかったとしたら、すべては私の筆の拙さゆえです。

――役割の「殻」が現代の感覚よりも遥かに強固な時代ですね。

沢村 第二次世界大戦のBC級戦犯を描いた「私は貝になりたい」という映画でも、ずっと無口で生きてきた理容師さんがうまく弁明できずに結局死刑になってしまう。現代の視点で見れば「ちゃんと言えばいいのに」というだけの話かもしれませんが、そうできない世代の人を私たちは見て育ちました。役割の殻や、パフォーマンスの殻が今よりもずっと厚かった時代があったということは、知っていてほしいと思います。

――役割の殻を破らない人物として、ソナンの父親は対照的な存在です。

沢村 息子と肚を割って話すなどということは必要とされなかった時代です。そんな行為の存在すら知られていなかったかもしれません。ただ、現代の私たちは率直に語り合うことをよしとしていますが、その価値観も何世紀も先にはどう変化しているか分かりませんよね。「21世紀の人は他人を慮りすぎだ」「しゃべりすぎだ」と言われるかも(笑)。

――「父と息子」という主題は、沢村作品の重要なモチーフだと感じます。

沢村 これも意図したわけではないのですが、自分でも「父と息子の物語」になっているなあとしばしば思います。当時の人たちが何かにぶつかるとしたら既存の価値観ですよね。すなわち社会から与えられた役割で、階級が固定化していた中世において、それは父親から与えられた息子としての立場と同義なのだと思います。だから、既存の価値観を打ち破る物語がそのまま父と息子の相克になるのではないかと。

『黄金の王 白銀の王』も親に与えられた非常に厳しい価値観を主人公の二人が打ち破る物語ですし、『瞳の中の大河』も実父ともディスコミュニケーションだけれど、精神的な父のような存在である南域将軍とも衝突して、戦わなくてはならなくなる。父というのは超えなければならない存在、通過儀礼的な存在の象徴なのでしょうね。

――なるほど。父を破った先に、本当の自分の人生がある。

沢村 はい。ただ、そうやって自分の人生をつかんでも、父と息子のディスコミュニケーションは解消されないままです。けれども、主人公たちの次の世代にまで悲劇が再生産される形にはなっていないと思います。私としては、それが救いではないかと感じています。

――主題の継続性とは反対に、今回初めて、時間をいったん進めてから遡って書く、という手法が使われているように思いました。

沢村 小説が上手な方は時間を巧みに操っているなと思って、チャレンジしてみました。楽しかったし、大変でもありました。うまく行っていなかったらすみません……。

――ラストについてもその手法が活かされていてとても恰好いいのですが、一行読み飛ばせばまったく読後感が違ってしまいそうです。

沢村 子どもの頃、本を斜め読みする癖があり、学校の先生に「私、斜め読みしちゃうんですよね」とこぼしたとき「それでもいいんだよ」と肯定的に答えてくださって、すごく安心したことがありました。また、『Yの悲劇』の最後のページの意味をミステリーファンにさらりと教わったときの衝撃も、数十年前のことながら今でも鮮明に覚えています。

 本作については、野暮なことを言えば「最後の2ページを丁寧にお読みください」ということになるのですが、予想もつかないタイミングで物語世界が反転することもあるのが読書の醍醐味だと思うので、ずっと先に、「そういうことだったのか!」と思っていただけたとしたら、それもまた嬉しいです。

新潮社
2021年4月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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